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'''ウァレリア・メッサリナ'''('''Valeria Messalina''', [[20年]] - [[48年]])は、ローマ皇帝[[クラウディウス]]の皇妃。
'''ウァレリア・メッサリナ'''('''Valeria Messalina''', [[20年]] - [[48年]])は、ローマ皇帝[[クラウディウス]]の皇妃。


==生涯==
== 生涯 ==
===[[カリグラ]]治世まで===
=== カリグラ治世まで ===
父[[マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・バルバトゥス]]と母[[ドミティア・レピダ]]の間に一人娘として生まれた。父方の祖母は[[小マルケッラ]]、母方の祖母は[[大アントニア]]であり、父方・母方とも曾祖母は[[小オクタウィア]]となる。家系としては父方、母方ともに由緒のある家系であったが、それ以外のはよく分かってはいない。
父[[マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・バルバトゥス]]と母[[ドミティア・レピダ]]の間に一人娘として生まれた。父方の祖母は[[小マルケッラ]]、母方の祖母は[[大アントニア]]であり、父方・母方とも曾祖母は[[小オクタウィア]]となる。家系としては父方、母方ともに由緒のある家系であったが、それ以外のことはよく分かってはいない。


[[38年]]にクラウディウスと結婚する。この結婚は当初からかなりの年齢差があり、クラウディウスは40代後半、メッサリナは20歳にもなっていなかった。結婚に至るまでの事情については、あまりよくわかっていない。ただ彼女はとても裕福で、カリグラの周囲でとても目立っていたというだけはわかっており、またカリグラはクラウディウスにとって甥であったので、恐らくは先代の皇帝との関連を強めるためにもメッサリナとの結婚は必要であったのだろうと思われる。この結婚で2人の子供が生まれる。[[クラウディア・オクタウィア|オクタウィア]]と[[ブリタンニクス]]の姉弟である。
[[38年]]にクラウディウスと結婚する。この結婚は当初からかなりの年齢差があり、クラウディウスは40代後半、メッサリナは20歳にもなっていなかった。結婚に至るまでの事情については、あまりよくわかっていない。ただ彼女はとても裕福で、カリグラの周囲でとても目立っていたということだけはわかっており、またカリグラはクラウディウスにとって甥であったので、恐らくは先代の皇帝との関連を強めるためにもメッサリナとの結婚は必要であったのだろうと思われる。この結婚で2人の子供が生まれる。[[クラウディア・オクタウィア|オクタウィア]]と[[ブリタンニクス]]の姉弟である。


===皇妃として===
=== 皇妃として ===
[[41年]][[1月24日]]に[[カリグラ]]が暗殺され、[[プラエトリアニ|親衛隊]]により[[クラウディウス]]が皇帝に推挙された。クラウディウスの妻である彼女は皇妃となった。
[[41年]][[1月24日]]に[[カリグラ]]が暗殺され、[[プラエトリアニ|親衛隊]]により[[クラウディウス]]が皇帝に推挙された。クラウディウスの妻であるメッサリナは皇妃となった。


後世の彼女の評価は非常に低く、[[スエトニウス]]も[[タキトゥス]]も筆で厳しく彼女の冷酷さ、強欲さ、疎かさを非難している。彼女と同年齢の女性はもちろんこの時代、客を誘っての会食、宴席を楽しんでいたが、メッサリナは愚かにもこの種の他人の交わりが度を越して、自分の性欲を満たすほどにまでに及んだ、と強調して述べている。よく後世に伝わっているでは、メッサリナはローマの下賤な売春宿にスキッラという名前で一晩中男たちと交わり続け、ある時には夜明けまでに25人もの男を相手にしてもまだ物足りなかった、すなわちメッサリナは疲れてはいたが、満たされてはいなかったらしい。
後世のメッサリナへの評価は非常に低く、[[スエトニウス]]も[[タキトゥス]]も筆で厳しく彼女の冷酷さ、強欲さ、疎かさを非難している。彼女と同年齢の女性はもちろんこの時代、客を誘っての会食、宴席を楽しんでいたが、メッサリナは愚かにもこの種の他人の交わりが度を越して、自分の性欲を満たすほどにまでに及んだ、と強調して述べている。よく後世に伝わっていることでは、メッサリナはローマの下賤な売春宿にスキッラという名前で一晩中男たちと交わり続け、ある時には夜明けまでに25人もの男を相手にしてもまだ物足りなかった、すなわちメッサリナは疲れてはいたが、満たされてはいなかったらしい。


また彼女はクラウディウスをそそのかし、彼女を不快にさせた者や彼女の敵対者を処刑させたりもした。強欲さ、冷酷さの代名詞として彼女の名「メッサリナ」が使われたと言う。
また彼女はクラウディウスをそそのかし、彼女を不快にさせた者や彼女の敵対者を処刑させたりもした。強欲さ、冷酷さの代名詞として彼女の名「メッサリナ」が使われたと言う。


===死===
=== ===
[[48年]]にメッサリナは[[元老院 (ローマ)|元老院]]議員の[[ガイウス・シリウス]]([[:en:Gaius Silius|Gaius Silius]])と結託してクラウディウスを殺害しようと謀り、そして事もあろうにシリウスと結婚までしてしまう。シリウスも既婚であったとう。彼女はほとんどの元老院議員が自分の側に廻ると確信していたが、計画はクラウディウスの側近[[ティベリウス・クラウディウス・ナルキッスス|ナルキッスス]]の耳に入り、シリウスとその取り巻きは即刻処刑される。メッサリナはクラウディウスから自殺する猶予を与えられたが、自分で死ぬができず、命を受けた者によって殺された。
[[48年]]にメッサリナは[[元老院 (ローマ)|元老院]]議員の{{仮リンク|ガイウス・シリウス|en|Gaius Silius}}と結託してクラウディウスを殺害しようと謀り、そしてシリウスと結婚までしてしまう。シリウスも既婚であったとう。彼女はほとんどの元老院議員が自分の側に廻ると確信していたが、計画はクラウディウスの側近[[ティベリウス・クラウディウス・ナルキッスス|ナルキッスス]]の耳に入り、シリウスとその取り巻きは即刻処刑される。メッサリナはクラウディウスから自殺する猶予を与えられたが、自分で死ぬことができず、命を受けた者によって殺された。


メッサリナが死んだという報告を受けた時、クラウディウスは夕食の最中だった。報告の後に彼は、もっとワインが欲しいとだけ答えたと言う。
メッサリナが死んだという報告を受けた時、クラウディウスは夕食の最中だった。報告の後に彼は、もっとワインが欲しいとだけ答えたと言う。


==家族==
== 家族 ==
[[クラウディウス]]との間に1男1女をもうけた。
[[クラウディウス]]との間に1男1女をもうけた。
* [[クラウディア・オクタウィア|オクタウィア]](40年 - 62年) - ローマ皇帝[[ネロ]]の最初の妃
* [[クラウディア・オクタウィア|オクタウィア]](40年 - 62年) - ローマ皇帝[[ネロ]]の最初の妃
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[[Category:ユリウス・クラウディウス家]]
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[[Category:ウァレリウス氏族]]
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[[Category:48年没]]
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2019年2月2日 (土) 11:10時点における版

メッサリナ
Messalina
ローマ皇后
在位 41年1月24日48年

全名 ウァレリア・メッサリナ(Valeria Messalina
出生 20年
死去 48年
結婚 38年
配偶者 ローマ皇帝クラウディウス
子女 オクタウィア
ブリタンニクス
氏族 ウァレリウス氏族
父親 マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・バルバトゥス
母親 ドミティア・レピダ
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ウァレリア・メッサリナValeria Messalina, 20年 - 48年)は、ローマ皇帝クラウディウスの皇妃。

生涯

カリグラ治世まで

マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・バルバトゥスと母ドミティア・レピダの間に一人娘として生まれた。父方の祖母は小マルケッラ、母方の祖母は大アントニアであり、父方・母方とも曾祖母は小オクタウィアとなる。家系としては父方、母方ともに由緒のある家系であったが、それ以外のことはよく分かってはいない。

38年にクラウディウスと結婚する。この結婚は当初からかなりの年齢差があり、クラウディウスは40代後半、メッサリナは20歳にもなっていなかった。結婚に至るまでの事情については、あまりよくわかっていない。ただ彼女はとても裕福で、カリグラの周囲でとても目立っていたということだけはわかっており、またカリグラはクラウディウスにとって甥であったので、恐らくは先代の皇帝との関連を強めるためにもメッサリナとの結婚は必要であったのだろうと思われる。この結婚で2人の子供が生まれる。オクタウィアブリタンニクスの姉弟である。

皇妃として

41年1月24日カリグラが暗殺され、親衛隊によりクラウディウスが皇帝に推挙された。クラウディウスの妻であるメッサリナは皇妃となった。

後世のメッサリナへの評価は非常に低く、スエトニウスタキトゥスも筆で厳しく彼女の冷酷さ、強欲さ、疎かさを非難している。彼女と同年齢の女性はもちろんこの時代、客を誘っての会食、宴席を楽しんでいたが、メッサリナは愚かにもこの種の他人の交わりが度を越して、自分の性欲を満たすほどにまでに及んだ、と強調して述べている。よく後世に伝わっていることでは、メッサリナはローマの下賤な売春宿にスキッラという名前で一晩中男たちと交わり続け、ある時には夜明けまでに25人もの男を相手にしてもまだ物足りなかった、すなわちメッサリナは疲れてはいたが、満たされてはいなかったらしい。

また彼女はクラウディウスをそそのかし、彼女を不快にさせた者や彼女の敵対者を処刑させたりもした。強欲さ、冷酷さの代名詞として彼女の名「メッサリナ」が使われたと言う。

48年にメッサリナは元老院議員のガイウス・シリウスと結託してクラウディウスを殺害しようと謀り、そしてシリウスと結婚までしてしまう。シリウスも既婚であったという。彼女はほとんどの元老院議員が自分の側に廻ると確信していたが、計画はクラウディウスの側近ナルキッススの耳に入り、シリウスとその取り巻きは即刻処刑される。メッサリナはクラウディウスから自殺する猶予を与えられたが、自分で死ぬことができず、命を受けた者によって殺された。

メッサリナが死んだという報告を受けた時、クラウディウスは夕食の最中だった。報告の後に彼は、もっとワインが欲しいとだけ答えたと言う。

家族

クラウディウスとの間に1男1女をもうけた。

関連項目