「クローディ・エニュレ」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
m ボット: 言語間リンク 14 件をウィキデータ上の (d:Q235580 に転記)
6行目: 6行目:


==宇宙でのキャリア==
==宇宙でのキャリア==
エニュレは、将来の夫となる[[ジャン=ピエール・エニュレ]]が参加した1993年の[[ミール]]のミッションでバックアップクルーとなった。2001年に[[ジャン=クロード・メルラン]]が発見した[[小惑星]][[エニュレ (小惑星)|エニュレ]]は彼ら2人の名誉から名づけられた。エニュレは1996年に、ロシアとフランスが合同で行ったカシオペア計画の一環として16日間ミールを訪れた。2001年、アンドロメダ計画の一環として、エニュレはヨーロッパの女性としてめて[[国際宇宙ステーション]]を訪れた。2002年6月18日に宇宙飛行士を引退した<ref>[http://www.cnes.fr/WEB_UK/activites/micropesanteur/spationautes/astronautes/ClHaignere.htm CNES Biography]</ref><ref>[http://www.spacefacts.de/bios/international/english/andre-deshays_claudie.htm Spacefacts biography of Claudie Haigneré]</ref><ref>[http://www.bbc.co.uk/science/space/exploration/astronaut/part1.shtml Haigneré's diary of the 2001 mission]</ref>。
エニュレは、将来の夫となる[[ジャン=ピエール・エニュレ]]が参加した1993年の[[ミール]]のミッションでバックアップクルーとなった。2001年に[[ジャン=クロード・メルラン]]が発見した[[小惑星]][[エニュレ (小惑星)|エニュレ]]は彼ら2人の名誉から名づけられた。エニュレは1996年に、ロシアとフランスが合同で行ったカシオペア計画の一環として16日間ミールを訪れた。2001年、アンドロメダ計画の一環として、エニュレはヨーロッパの女性としてめて[[国際宇宙ステーション]]を訪れた。2002年6月18日に宇宙飛行士を引退した<ref>[http://www.cnes.fr/WEB_UK/activites/micropesanteur/spationautes/astronautes/ClHaignere.htm CNES Biography]</ref><ref>[http://www.spacefacts.de/bios/international/english/andre-deshays_claudie.htm Spacefacts biography of Claudie Haigneré]</ref><ref>[http://www.bbc.co.uk/science/space/exploration/astronaut/part1.shtml Haigneré's diary of the 2001 mission]</ref>。


==政治でのキャリア==
==政治でのキャリア==

2016年1月18日 (月) 23:58時点における版

クローディ・エニュレ

クローディ・エニュレ(Claudie Haigneré、1957年5月13日-)は、ソーヌ=エ=ロワール県ル=クルーゾ出身の医者、政治家、宇宙飛行士である。1985年から1999年までフランス国立宇宙研究センター、1999年から2002年まで欧州宇宙機関で勤めた[1]ソユーズTM-24ソユーズTM-23ソユーズTM-33ソユーズTM-32に搭乗し、25日と14時間22分宇宙に滞在した。

背景

エニュレはフランスで生まれ、Faculté de Médecine (Paris-Cochin)とFaculté des Sciences (Paris-VII)で医学を学んだ。彼女はその後、生物学スポーツ医学(1981年)、航空学宇宙医学(1982年)、リウマチ学(1984年)を修了した。1986年にバイオメカニクス生理学の学位を取得した。1992年には、神経科学の論文で博士号を取得した[1]

宇宙でのキャリア

エニュレは、将来の夫となるジャン=ピエール・エニュレが参加した1993年のミールのミッションでバックアップクルーとなった。2001年にジャン=クロード・メルランが発見した小惑星エニュレは彼ら2人の名誉から名づけられた。エニュレは1996年に、ロシアとフランスが合同で行ったカシオペア計画の一環として16日間ミールを訪れた。2001年、アンドロメダ計画の一環として、エニュレはヨーロッパの女性として初めて国際宇宙ステーションを訪れた。2002年6月18日に宇宙飛行士を引退した[2][3][4]

政治でのキャリア

宇宙飛行士引退後、エニュレはフランスの政界に進出し、ジャン=ピエール・ラファラン内閣でEuropean Affairsとresearch and new technologiesの大臣を務めた。

出典