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'''カワバタモロコ'''(川端諸子、''Hemigrammocypris rasborella'')は、[[コイ目]][[コイ科]]カワバタモロコ属に分類される[[淡水魚]]の一種。
'''カワバタモロコ'''(川端諸子、''Hemigrammocypris rasborella'')は、[[コイ目]][[コイ科]]カワバタモロコ属に分類される[[淡水魚]]の一種。
キンジャコ・キンボテ・キンター・キンモロコなどの地方名がある<ref name="example1">金川・板井(1998)</ref>。


== 分布 ==
キンジャコ・キンボテ・キンター・キンモロコなどの地方名がある<ref>金川・板井(1998)</ref>。
[[日本]][[固有種]]。[[静岡県]]以西の[[本州]]([[岡山県]]まで。日本海側には分布しない)、[[四国]]の[[瀬戸内海]]側([[徳島県]]と[[香川県]])、[[九州]]北西部([[福岡県]]と[[佐賀県]])に不連続かつ局所的に分布する<ref name="example2"></ref><ref>環境省ならびに都道府県版レッドデータブックの記載も参照。福岡県と佐賀県における分布は、[[2005年の日本|2005]]-[[2006年の日本|2006年]]の調査によると[[有明海]]周辺の地域に限られ、生息域の大幅な減少が判明した。また、[[熊本県]]からは出現しなかったという。中島ほか(2006)に詳述。</ref>。

日本[[固有種]]で、[[静岡県]]以西の[[本州]]([[岡山県]]まで。日本海側には分布しない)、[[四国]]の[[瀬戸内海]]側([[徳島県]]と[[香川県]])、[[九州]]北西部([[福岡県]]と[[佐賀県]])に分布する。


== 形態 ==
== 形態 ==
[[Image:Hemigrammocypris rasborella-2.JPG|thumb|香川県産カワバタモロコの雄(左)と雌(右)。産卵期を迎え、雄は金色の婚姻色を呈している。]]
全長は約5cmで、自然界においては約3-4cmの小型個体が多い<ref name="example1">川那部ほか(2001)</ref>。口がやや上向きについているのが特徴である。[[側線]]は不完全で、[[胸鰭]]上方までしかない。[[ヒナモロコ]]に似ているが、腹の断面がV字形であり体高がやや高い点や、咽頭歯が3列である点が異なる。体側に薄い黒線があるが、[[繁殖]]期のオスは体色が金色になって、黒線<ref>眼の後ろから尾鰭の付け根にかけての縦帯。</ref>も明瞭になる。メスはオスよりも大型に成長する。
[[Image:Hemigrammocypris rasborella-3.JPG|thumb|香川県産カワバタモロコの稚魚。全長約7mm。]]
全長は約5cmで、自然界においては約3-4cmの小型個体が多い<ref name="example2">川那部ほか(2001)</ref>。

口がやや上向きについているのが特徴である。[[側線]]は不完全で、[[胸鰭]]上方までしかない。[[ヒナモロコ]]に似ているが、腹の断面がV字形であり体高がやや高い点や、咽頭歯が3列である点が異なる<ref name="example2"></ref>。体側に薄い黒線<ref>眼の後ろから尾鰭の付け根にかけての縦帯。</ref>があるが、[[繁殖]]期の雄は体色が金色になって、黒線も明瞭になる。

[[濃尾平野]]と[[伊勢平野]]の[[個体群]]間では、体長・頭部から背部の形状・尾柄の高さなどの外部形態に有意な違いが見られたという<ref>赤田・淀(2006)</ref>。この変異が地理的要因([[先天的]]な変異)によるものか生息環境(後天的な変異)によるものかを解明するために、産地別に遺伝情報の解析や[[生活史 (生物)|生活史]]の詳細な調査が進められている。

雌は雄よりも大型に成長する(写真参照)<ref name="example2"></ref>。本種の産卵行動(後述)から、雌は卵を確実に生産すること、雄は雌の動きに機敏に反応しより接近して放精することへの[[自然淘汰]]がそれぞれ働いた結果であると考察されている<ref name="example3">青山ほか(2008)</ref>。


日本産コイ科魚類中ではヒナモロコと並び仔稚魚がもっとも小さく、それぞれ全長は前期仔魚3mm、後期仔魚4.5mm、稚魚11mmである。仔稚魚時は体高も低いが成長に従い体高は高くなっていく。
日本産コイ科魚類中ではヒナモロコと並び仔稚魚がもっとも小さく、それぞれ全長は前期仔魚3mm、後期仔魚4.5mm、稚魚11mmである。仔稚魚時は体高も低いが成長に従い体高は高くなっていく<ref name="example1"></ref>


== 生態 ==
== 生態 ==
[[Image:Hemigrammocypris rasborella-eggs.JPG|thumb|香川県産カワバタモロコの卵(赤丸)。7月下旬に、ため池の浮遊している落ち葉に産み付けられていた。卵径は約1mm。]]
平野部の小川や浅い[[湖沼]]・[[ため池]]に生息する。水流のほとんどない[[水生植物]]が繁茂する場所を好み、繁殖期を中心に表層を少数で群れをつくり遊泳することが多い。
平野部の小川や浅い[[湖沼]]・[[ため池]]、[[用水路]]に生息する<ref name="example2"></ref>。水流のほとんどない[[水生植物]]が繁茂する場所を好み<ref name="example1"></ref>、繁殖期を中心に表層を少数で群れをつくり遊泳することが多い<ref name="example2"></ref>


福岡県・佐賀県周辺における生息状況調査によると、[[モツゴ]](出現率100%)・[[ギンブナ]](100%)・[[ゲンゴロウブナ]](95.7%)・[[ツチフキ]](91.3%)・[[バラタナゴ]](87.0%)・[[メダカ]](65.2%)と同所的に生息しているという<ref>中島ほか(2006)</ref>。
雑食性で、水生小動物や付着藻類などを食べる。


孵化直後の仔魚は、[[ワムシ]]類を好んで捕食する<ref>宮本良太ほか「絶滅危惧種カワバタモロコの最適初期餌料系列」、『水産増殖』第56巻第4号、2008年、573-579頁。</ref>。成長に伴って雑食性に移行し、水生小動物や付着藻類などを餌とする<ref name="example2"></ref>。
繁殖期は5月中旬から7月下旬で、1尾のメスを複数のオスが追尾して水草に卵(卵径約1mm)を産む。受精卵は水温25℃ではおよそ24時間で孵化する。仔魚は1年で成魚となり、寿命は3年ほどである。ただし飼育下では長ることが知られる<ref name="example1"></ref>。


繁殖期はおおむね5月中旬から7月下旬で、成熟した1尾のを複数のが追尾して浅場の水草に卵(卵径約1mm)を産む<ref name="example2"></ref>。受精卵は水温25℃ではおよそ24時間で孵化する<ref name="example2"></ref>。仔魚は1年で成魚となり、寿命は2-3年<ref>秋山・上田・北野(2003)、33頁。</ref>である。ただし、産卵に参加した成魚はその年の冬までに死ぬものが多い<ref>中村守純『日本のコイ科魚類』、資源科学研究所、1969年、254-257頁。</ref>。飼育下では5年ほど生き、全7-8cm成長する個体がいることが知られている<ref name="example2"></ref>。
== 保全状評価 ==

[[神戸市]]のため池における調査では、産卵期の7月に、深場では雄と雌の性比がおよそ1:1で採集されたのに対し、産卵行動が観察された浅場では採集時の性比がおよそ3:1と、雄に大きく偏ることが分かった。雌を雄が群れで追い、繰り返し浅場の植物帯に侵入して産卵していたという。このことから本種の産卵では、雄同士が雌をめぐって闘争行動を取ったり、雌が特定の雄を選択して産卵したりする要素は低く、両者の成熟度や群れた雄の追尾の頻度に左右される任意な交配になっている可能性が高い<ref name="example3"></ref>。

== 保全状評価 ==
*{{絶滅危惧IB類}}<ref>環境省 J-IBIS [http://www.biodic.go.jp/rdb_fts/2000/71-071.html カワバタモロコ]</ref>
*{{絶滅危惧IB類}}<ref>環境省 J-IBIS [http://www.biodic.go.jp/rdb_fts/2000/71-071.html カワバタモロコ]</ref>


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[[2010年の日本|2010年]]現在、生息が確認されている府県すべてで[[レッドデータブック]]に記載されている。
[[2010年の日本|2010年]]現在、生息が確認されている府県すべてで[[レッドデータブック]]に記載されている。愛知県[[豊田市]]と[[西尾市]]では、本種が市の[[天然記念物]]に指定されている。


コンクリート三面化や水路の直線化などの河川・用水路の改修、宅地化の進行、ため池の埋め立てや管理放棄、[[オオクチバス]]・[[ブルーギル]]等の外来魚の捕食により各地で個体数が減少している。仔稚魚が小さいため、環境・水質の変遷に従い餌となる微生物群が変化したことも影響したとみられる。
コンクリート三面化や水路の直線化などの河川・用水路の改修<ref>有明海沿岸の水路(クリーク)における調査によると、コンクリート護岸が高く、水位が高い時季(主に夏季)であっても水面が護岸を超えないクリークでは、本種は全く出現しなかったことが明らかになった。鬼倉徳雄ほか「有明海沿岸域のクリークにおける淡水魚類の生息の有無・生息密度とクリークの護岸形状との関係」、『水環境学会誌』第30巻第5号、2007年、277-282頁に詳述。</ref>、宅地化の進行、ため池の埋め立てや管理放棄、[[オオクチバス]]・[[ブルーギル]]等の外来魚の捕食により各地で個体数が減少している。仔稚魚が小さいため、環境・水質の変遷<ref>大量の化学肥料や魚毒性の高い農薬の流入が指摘されている。木村清朗「カワバタモロコ」、環境省自然環境局野生生物課編『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物4 汽水・淡水魚類』、財団法人自然環境研究センター、2003年、92-93頁。</ref>に従い餌となる微生物群が変化したことも影響したとみられる。


なお、[[希少野生動植物保護条例]]に基づいて本種の野生個体の捕獲を禁じている自治体は、三重県・香川県・岐阜県[[安八郡]][[輪之内町]]である。違法な捕獲行為に対してはそれぞれ罰則規定が設けられている<ref>三重県:6か月以下の懲役または30万円以下の罰金、香川県:1年以下の懲役または100万円以下の罰金、輪之内町:5万円以下の過料にそれぞれ処せられる。</ref>。
なお、[[希少野生動植物保護条例]]に基づいて本種の野生個体の捕獲を禁じている[[地方公共団体|自治体]]は、三重県・香川県・岐阜県[[安八郡]][[輪之内町]]である。違法な捕獲行為に対してはそれぞれ罰則規定が設けられている<ref>三重県:6か月以下の懲役または30万円以下の罰金、香川県:1年以下の懲役または100万円以下の罰金、輪之内町:5万円以下の過料にそれぞれ処せられる。</ref>。


== 脚注・参考文献 ==
== 脚注 ==
{{reflist}}
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*秋山信彦・上田雅一・北野忠 『川魚 完全飼育ガイド』 マリン企画、2003年。
== 参考文献 ==
*金川直幸・板井隆彦 「カワバタモロコの生息地と河川改修」『魚から見た水環境-復元生態学に向けて/河川編』61-80p、森誠一監修・編、信山社サイテック、1998年。
<small>
*中村泉監修、田口哲写真・解説 『川・湖・池の魚』 成美堂出版、1994年。
*細谷和海 「カワバタモロコ」『日本産稚魚図鑑』152-153p、沖山宗雄編、東海大出版会、1988年。
* 青山茂ほか神戸市の溜池で観察されたカワバタモロコの体長の性的二型と繁殖時の性比『日本生物地理学会会報』第63巻2008、29-33頁
* 赤田仁典・淀太我「カワバタモロコ''Hemigrammocypris rasborella''における外部形態の水域間変異」、『魚類学雑誌』第53巻第2号、2006年、175-179頁。
*前畑政善 「カワバタモロコ」『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』256-257p、川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編、山と渓谷社、2001年。
* 秋山信彦・上田雅一・北野忠『川魚 完全飼育ガイド』マリン企画、2003年。
* 金川直幸・板井隆彦 「カワバタモロコの生息地と河川改修」、森誠一監修・編『魚から見た水環境-復元生態学に向けて/河川編』、信山社サイテック、1998年、61-80頁
* 中島淳ほか「九州北部におけるカワバタモロコの分布と生息状況」、『日本生物地理学会会報』第61巻、2006年、109-116頁。
* 中村泉監修、田口哲写真・解説『川・湖・池の魚』成美堂出版、1994年。
* 細谷和海「カワバタモロコ」、沖山宗雄編『日本産稚魚図鑑』、東海大学出版会、1988年、152-153頁。
* 前畑政善「カワバタモロコ」、川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』、山と渓谷社、2001年、256-257頁
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== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_do.html 生物多様性情報システム]: RDB種情報検索。種名一覧表示では、「汽水・淡水魚類」と「絶滅危惧IB類(脊椎動物)」を選択し、「カワバタモロコ」を表示させる。絶滅危惧種検索では、種名「カワバタモロコ」もしくは学名「Hemigrammocypris rasborella」を入力して検索できる。
* [http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_do.html 生物多様性情報システム]: RDB種情報検索。種名一覧表示では、「汽水・淡水魚類」と「絶滅危惧IB類(脊椎動物)」を選択し、「カワバタモロコ」を表示させる。絶滅危惧種検索では、種名「カワバタモロコ」もしくは学名「Hemigrammocypris rasborella」を入力して検索できる。
* [http://www.city.kobe.lg.jp/life/recycle/environmental/tayosei/kawabatamoroko_index.html 神戸カワバタモロコ保全推進協議会]: 兵庫県・[[神戸市]]・[[神戸市立須磨海浜水族園]]・地域の学校、市民団体・生息地の住民が協働して本種の生息環境の保全に取り組んでいる。
* [http://www.city.kobe.lg.jp/life/recycle/environmental/tayosei/kawabatamoroko_index.html 神戸カワバタモロコ保全推進協議会]: 兵庫県・神戸市・[[神戸市立須磨海浜水族園]]・地域の学校、市民団体・生息地の住民が協働して本種の生息環境の保全に取り組んでいる。
* [http://www.town.wanouchi.gifu.jp/reiki/reiki_honbun/ai32805681.html 輪之内町カワバタモロコ保護条例]、[http://www.town.wanouchi.gifu.jp/reiki/reiki_honbun/ai32805691.html 輪之内町カワバタモロコ保護条例施行規則]: 輪之内町
* [http://www.town.wanouchi.gifu.jp/reiki/reiki_honbun/ai32805681.html 輪之内町カワバタモロコ保護条例]、[http://www.town.wanouchi.gifu.jp/reiki/reiki_honbun/ai32805691.html 輪之内町カワバタモロコ保護条例施行規則]: 輪之内町


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[[Category:絶滅危惧IB類]]
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[[ca:Hemigrammocypris rasborella]]
[[ca:Hemigrammocypris rasborella]]

2010年11月7日 (日) 03:02時点における版

カワバタモロコ
カワバタモロコ
Hemigrammocypris rasborella
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 条鰭綱 Actinopterygii
上目 : 骨鰾上目 Ostariophysi
: コイ目 Cypriniformes
: コイ科 Cyprinidae
亜科 : ラスボラ亜科 Rasborinae
: カワバタモロコ属
Hemigrammocypris
: カワバタモロコ H. rasborella
学名
Hemigrammocypris rasborella
Fowler, 1910
和名
カワバタモロコ
英名
Golden venus chub

カワバタモロコ(川端諸子、Hemigrammocypris rasborella)は、コイ目コイ科カワバタモロコ属に分類される淡水魚の一種。 キンジャコ・キンボテ・キンター・キンモロコなどの地方名がある[1]

分布

日本固有種静岡県以西の本州岡山県まで。日本海側には分布しない)、四国瀬戸内海側(徳島県香川県)、九州北西部(福岡県佐賀県)に不連続かつ局所的に分布する[2][3]

形態

香川県産カワバタモロコの雄(左)と雌(右)。産卵期を迎え、雄は金色の婚姻色を呈している。
香川県産カワバタモロコの稚魚。全長約7mm。

全長は約5cmで、自然界においては約3-4cmの小型個体が多い[2]

口がやや上向きについているのが特徴である。側線は不完全で、胸鰭上方までしかない。ヒナモロコに似ているが、腹の断面がV字形であり体高がやや高い点や、咽頭歯が3列である点が異なる[2]。体側に薄い黒線[4]があるが、繁殖期の雄は体色が金色になって、黒線も明瞭になる。

濃尾平野伊勢平野個体群間では、体長・頭部から背部の形状・尾柄の高さなどの外部形態に有意な違いが見られたという[5]。この変異が地理的要因(先天的な変異)によるものか生息環境(後天的な変異)によるものかを解明するために、産地別に遺伝情報の解析や生活史の詳細な調査が進められている。

雌は雄よりも大型に成長する(写真参照)[2]。本種の産卵行動(後述)から、雌は卵を確実に生産すること、雄は雌の動きに機敏に反応しより接近して放精することへの自然淘汰がそれぞれ働いた結果であると考察されている[6]

日本産コイ科魚類中ではヒナモロコと並び仔稚魚がもっとも小さく、それぞれ全長は前期仔魚約3mm、後期仔魚約4.5mm、稚魚約11mmである。仔稚魚時は体高も低いが成長に従い体高は高くなっていく[1]

生態

香川県産カワバタモロコの卵(赤丸)。7月下旬に、ため池の浮遊している落ち葉に産み付けられていた。卵径は約1mm。

平野部の小川や浅い湖沼ため池用水路に生息する[2]。水流のほとんどない水生植物が繁茂する場所を好み[1]、繁殖期を中心に表層を少数で群れをつくり遊泳することが多い[2]

福岡県・佐賀県周辺における生息状況調査によると、モツゴ(出現率100%)・ギンブナ(100%)・ゲンゴロウブナ(95.7%)・ツチフキ(91.3%)・バラタナゴ(87.0%)・メダカ(65.2%)と同所的に生息しているという[7]

孵化直後の仔魚は、ワムシ類を好んで捕食する[8]。成長に伴って雑食性に移行し、水生小動物や付着藻類などを餌とする[2]

繁殖期はおおむね5月中旬から7月下旬で、成熟した1尾の雌を複数の雄が追尾して浅場の水草に卵(卵径約1mm)を産む[2]。受精卵は水温25℃ではおよそ24時間で孵化する[2]。仔魚は1年で成魚となり、寿命は2-3年[9]である。ただし、産卵に参加した成魚はその年の冬までに死ぬものが多い[10]。飼育下では5年ほど生き、全長7-8cmに成長する個体がいることが知られている[2]

神戸市のため池における調査では、産卵期の7月に、深場では雄と雌の性比がおよそ1:1で採集されたのに対し、産卵行動が観察された浅場では採集時の性比がおよそ3:1と、雄に大きく偏ることが分かった。雌を雄が群れで追い、繰り返し浅場の植物帯に侵入して産卵していたという。このことから本種の産卵では、雄同士が雌をめぐって闘争行動を取ったり、雌が特定の雄を選択して産卵したりする要素は低く、両者の成熟度や群れた雄の追尾の頻度に左右される任意な交配になっている可能性が高い[6]

保全状況評価

  • 都道府県別レッドリスト[12]
カテゴリ 都道府県
絶滅危惧I類相当 静岡県 岐阜県 三重県 滋賀県 京都府 兵庫県 岡山県 徳島県[13] 香川県 福岡県 佐賀県 
絶滅危惧II類相当 愛知県 奈良県 大阪府
情報不足 和歌山県

2010年現在、生息が確認されている府県すべてでレッドデータブックに記載されている。愛知県豊田市西尾市では、本種が市の天然記念物に指定されている。

コンクリート三面化や水路の直線化などの河川・用水路の改修[14]、宅地化の進行、ため池の埋め立てや管理放棄、オオクチバスブルーギル等の外来魚の捕食により各地で個体数が減少している。仔稚魚が小さいため、環境・水質の変遷[15]に従い餌となる微生物群が変化したことも影響したとみられる。

なお、希少野生動植物保護条例に基づいて本種の野生個体の捕獲を禁じている自治体は、三重県・香川県・岐阜県安八郡輪之内町である。違法な捕獲行為に対してはそれぞれ罰則規定が設けられている[16]

脚注

  1. ^ a b c 金川・板井(1998)
  2. ^ a b c d e f g h i j 川那部ほか(2001)
  3. ^ 環境省ならびに都道府県版レッドデータブックの記載も参照。福岡県と佐賀県における分布は、2005-2006年の調査によると有明海周辺の地域に限られ、生息域の大幅な減少が判明した。また、熊本県からは出現しなかったという。中島ほか(2006)に詳述。
  4. ^ 眼の後ろから尾鰭の付け根にかけての縦帯。
  5. ^ 赤田・淀(2006)
  6. ^ a b 青山ほか(2008)
  7. ^ 中島ほか(2006)
  8. ^ 宮本良太ほか「絶滅危惧種カワバタモロコの最適初期餌料系列」、『水産増殖』第56巻第4号、2008年、573-579頁。
  9. ^ 秋山・上田・北野(2003)、33頁。
  10. ^ 中村守純『日本のコイ科魚類』、資源科学研究所、1969年、254-257頁。
  11. ^ 環境省 J-IBIS カワバタモロコ
  12. ^ 各府県版レッドデータブックの記載による。
  13. ^ 徳島県版レッドデータブック(2001年)では「絶滅」と記載されていたが、2004年に在来の個体群が再発見された。そのため、便宜上このカテゴリーに入れるものとする。絶滅のおそれのある小魚-カワバタモロコ
  14. ^ 有明海沿岸の水路(クリーク)における調査によると、コンクリート護岸が高く、水位が高い時季(主に夏季)であっても水面が護岸を超えないクリークでは、本種は全く出現しなかったことが明らかになった。鬼倉徳雄ほか「有明海沿岸域のクリークにおける淡水魚類の生息の有無・生息密度とクリークの護岸形状との関係」、『水環境学会誌』第30巻第5号、2007年、277-282頁に詳述。
  15. ^ 大量の化学肥料や魚毒性の高い農薬の流入が指摘されている。木村清朗「カワバタモロコ」、環境省自然環境局野生生物課編『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物4 汽水・淡水魚類』、財団法人自然環境研究センター、2003年、92-93頁。
  16. ^ 三重県:6か月以下の懲役または30万円以下の罰金、香川県:1年以下の懲役または100万円以下の罰金、輪之内町:5万円以下の過料にそれぞれ処せられる。

参考文献

  •  青山茂ほか「神戸市の溜池で観察されたカワバタモロコの体長の性的二型と繁殖時の性比」、『日本生物地理学会会報』第63巻、2008年、29-33頁。
  •  赤田仁典・淀太我「カワバタモロコHemigrammocypris rasborellaにおける外部形態の水域間変異」、『魚類学雑誌』第53巻第2号、2006年、175-179頁。
  •  秋山信彦・上田雅一・北野忠『川魚 完全飼育ガイド』、マリン企画、2003年。
  •  金川直幸・板井隆彦 「カワバタモロコの生息地と河川改修」、森誠一監修・編『魚から見た水環境-復元生態学に向けて/河川編』、信山社サイテック、1998年、61-80頁。
  •  中島淳ほか「九州北部におけるカワバタモロコの分布と生息状況」、『日本生物地理学会会報』第61巻、2006年、109-116頁。
  •  中村泉監修、田口哲写真・解説『川・湖・池の魚』、成美堂出版、1994年。
  •  細谷和海「カワバタモロコ」、沖山宗雄編『日本産稚魚図鑑』、東海大学出版会、1988年、152-153頁。
  •  前畑政善「カワバタモロコ」、川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編『山渓カラー名鑑 改訂版 日本の淡水魚』、山と渓谷社、2001年、256-257頁。

関連項目

外部リンク