片山満津芳

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片山 満津芳(かたやま みずほ)は、元アーティスティックスイミング選手で、現在は指導者。

在日韓国人3世で、旧名は金 美津穂(きむ みずほ/キム・ミジンス、通名:高智 美津穂(こうち-))。

韓国代表として、1988年昭和63年)のソウルオリンピックに出場した。2005年平成17年)頃から「満津芳」を名乗っている。

略歴[編集]

大阪府出身。堺市の浜寺水練学校で、小学2年生からシンクロナイズドスイミング(当時)を始める。

羽衣学園高校在学中の1987年(昭和62年)、日本室内選手権17位となり、20位以内がナショナルチームに選出される予定であったが、韓国籍であることから国際水泳連盟の規定に基づき落選した。当時未成年であったため、日本への帰化に両親の承諾が必要であったが、許可が得られなかった。

そこでコーチの伊佐見璋子が奔走し、12月になって韓国の大韓水泳連盟から同国代表としての打診があり、これを承諾。翌1988年(昭和63年)3月、生まれて初めて韓国を訪問した。5月7日に同国で行われた代表選考で優勝し、正式に韓国代表となる。しかし、韓国語がしゃべれないことや、彼女の代わりに落選した選手のこともあり、批判を受けることもあった[1]。半年余り、現地でチームメイトと合宿生活を送り、ソウル五輪ではデュエット10位と健闘した。

1992年(平成4年)、現役引退。翌1993年(平成5年)、広島在住の日本人男性と結婚したが、すぐには日本に帰化していない[2]1997年(平成9年)から、広島シンクロクラブで指導を行い、シンクロの普及とともに、着実に指導実績をあげる。2008年(平成20年)のジュニア世界選手権、2009年(平成21年)の世界選手権(ローマ)では、日本チームのコーチを務めた。

出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1988年9月29日 朝日新聞「(ソウルに集う)シンクロ 金美津穂」
  2. ^ 1995年2月11日 朝日新聞「(スポーツひと半世紀)変化する民族意識 在日韓国人の五輪:5」
    この記事の時点では韓国籍だが、将来の帰化の可能性についても言及している。

関連項目[編集]

  • 小谷実可子 - ソウル五輪・シンクロナイズドスイミング競技(ソロ・デュエット)の日本代表
  • 田中ウルヴェ京(旧名:田中京) - ソウル五輪・シンクロナイズドスイミング競技(デュエット)の日本代表
  • 伊東恵 - ソウル五輪・シンクロナイズドスイミング競技(デュエット)の日本代表補欠