瀬戸恵子

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瀬戸 恵子(せと けいこ )は、カウンセラー、癒しのセラピスト、

フリーランサー女優、元タレント

日本共産党の候補者であった瀬戸恵子とは、同姓同名の別人である。

来歴・人物[ソースを編集]

中学2年生の時に『東京宝映(現:宝映テレビプロダクション)』に入所する[註 1]

15歳で単身上京、劇団制作の舞台『たけくらべ』に出演。

1982年昼ドラマ燃える女妻そして女シリーズ)』に子役として抜擢され、これが実質的な女優デビューとなった。

以後、1983年に『おはようスタジオ』のレギュラーとなったほか、1984年の『欽ちゃんのどこまでやるの!?』では、ミニドラマで斉藤清六と共演するなどタレントとしても活躍。しかし、1986年には芸能界から距離を置くことになる[註 2]

1998年 女優再デビュー[1]Vシネマ や成人映画に出演。

日本の成人映画史上に於いて、本名出演を果たした女優というのは極めて稀有である。

2006年8月、思春期保健相談士(日本家族計画協会主催)習得をきっかけに活動休止を宣言。

2018年12月、12年間の充電休業を終え、再び表現者として生きることを決意。

シンガーソングライター・カウンセラー・癒しのセラピストとして、活動中。


芸歴

TV

1982「燃える女」TBS(史織役)

1982「ヤングTOUCH!」TX

1983「おはようスタジオ」TX

1984「欽ちゃんのどこまでやるの!」EX(清六ドラマ)

1989「パワースタジオ」東急ケーブル(生放送司会)

舞台

1981「たけくらべ」(劇団フジ)

2005「僕たちの青春」(オズ エンターテイメント)

2007「嘘つきな一日」(ウオーリー木下監修)


モデル、ナレーション、パーソナリティー、レポーター、

執筆、セミナー などの他、

企画・アイデア・映像制作などの裏方も行う。

脚注[ソースを編集]

注釈[ソースを編集]

  1. ^ 本来は歌手志望であったため、それまで数多くのオーディションを受け続ける。あるラジオの歌番組に応募、本選に出場した際に審査員の先生から「これからは可愛いだけじゃダメなんだよねぇ。あなたはまだ若いから、もっともっと人生経験を積んで本当の歌を唄えるように、これからを頑張って生きなさい」との助言をもらったことが役者への志を決定付けた、と後に述懐している。『歩み〜第一期 転機の言葉』公式HPより、2007年閲覧。
  2. ^ この時の理由については、『欽どこ』出演でアイドル的な人気が高まったことにより、「汚れ役をやりたい」という自分の意向と周囲の扱いの間に生じたギャップに悩んだ結果、と語っている。『ニャン2倶楽部Z』(コアマガジン)2000年1月号、インタビューにおいて。

出典[ソースを編集]


外部リンク[ソースを編集]