淮泗道
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中華民国 安徽省 (中華民国)省 淮泗道 | |
← 1914年 - 1927年 → | |
簡体字 | 淮泗 |
繁体字 | 淮泗 |
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拼音 | Huáisì |
カタカナ転記 | ファイスー |
国家 | 中華民国 |
省 | 安徽省 (中華民国) |
行政級別 | 道 |
政府所在地 | 鳳陽県 |
建置 | 1914年 |
廃止 | 1927年 |
面積 | |
- 総面積 | km² |
人口 |
淮泗道(わいし-どう)は中華民国北京政府により設置された安徽省の道。
沿革
[編集]1914年(民国3年)5月23日、清代の鳳潁六泗道地区に設置された。
道尹は鳳陽県に駐在し、下部に鳳陽、定遠、鳳台、懐遠、霊璧、寿県、宿県、阜陽、潁上、太和、霍邱、蒙城、渦陽、亳県、六安、英山、霍山、泗県、五河、盱眙、天長の21県を管轄した[1]。1914年(民国3年)、鉄道の開通による省内交通の変化に従い、同年10月に淮泗道の六安、英山、霍山の3県が安慶道に移管され、安慶県の滁県、全椒、来安の3県が淮泗道に移管された[2]。1927年(民国16年)に廃止されている。
行政区画
[編集]廃止直前下部の21県を管轄した。(50音順)