津軽焼

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津軽焼(つがるやき)は、青森県弘前市で焼かれる陶器

元禄10年(1697年)、弘前藩内の陶磁器の自給自足ができないかと藩主津軽信政が江戸の平清水三右衛門を招いた。そして、津軽でも陶磁器ができるかどうか三右衛門の収集した粘土等を使って、江戸の名工とうたわれた瀬戸助に焼いてもらった結果じゅうぶんに陶磁器の生産ができるとされ、江戸より窯士久兵衛らを招聘し、寺町と清水村に窯を築いたのがはじまりである。その窯場の場所からそれぞれ、平清水焼、大沢焼、下川原焼、悪戸焼と呼ばれた。これを総称し津軽焼という。

江戸時代に藩の陶器を支えた窯場のほとんどは他県の焼物に押され大正期までに絶えた。9代藩主津軽寧親が発案し津軽地方の玩具として、鳩笛などの玩具を作り続けている下川原焼のみ存続している。また、現代の津軽焼は昭和11年になって再興され、りんご木灰利用のナマコ模様のうわぐすりが特徴となっている。