武田満作

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武田 満作(たけだ まんさく、1907年9月17日 - 1991年12月22日)は、日本の経営者銀行家日本勧業銀行頭取を務めた。愛知県海部郡弥富町出身[1]

経歴・人物[編集]

1932年東京帝国大学経済学部経済学科を卒業し、1933年日本勧業銀行に入行[1]1957年11月に取締役に就任し、1960年11月に常務を経て、1963年11月に副頭取に就任し、1966年12月には頭取に昇格した[1]1969年2月に会長に就任し、1971年10月には第一勧業銀行取締役相談役に就任[1]1973年4月から1977年4月までに日本銀行政策委員を務めた[1]

1969年9月に藍綬褒章を受章し、1977年11月に勲二等旭日重光章を受章[1]

1991年12月22日脳梗塞のために死去[2]。84歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 興信データ株式會社 1985, た316頁.
  2. ^ 1991年 12月24日 日本経済新聞 朝刊 p31

参考文献[編集]

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第33版 下』興信データ、1985年。 
先代
中村一策
日本勧業銀行頭取
1966年 - 1969年
次代
横田郁