楊時

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楊亀山(『晩笑堂竹荘画伝』より)

楊 時(よう じ、1053年 - 1135年)は、中国の北宋末期から南宋初期の学者。字は中立、亀山先生と号する。を文靖という。

略伝[編集]

現在の福建省・南剣将楽の出身。経史を研究し1076年進士となる。程顥と、ついで程頤に師事する。47年に及ぶ地方官生活のうち、秘書郎から国子祭酒に昇ったが、蔡京ら新法派を非難して、一時官を辞めさせられたことがある。南宋の初めに瀏陽・余杭・蕭山の知事となり善政をしき、高宗の時に竜図閣直学士となる。退官後は東林学院を設立して著述や講学に従事し、胡安国と往来し、二程(程顥・程頤)の正統を継ぐものとして重んじられた。その学問は羅従彦をへて李侗に伝わり、朱熹に到った。著書に『二程粋言』2巻、『亀山集』42巻、『亀山語録』4巻がある。

参考文献[編集]

  • 『宋史』列伝第187・道学2