柴田喜三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

柴田 喜三郎(しばた きさぶろう、1901年7月23日 - 1998年1月5日)は、日本の経営者大阪府大阪市出身[1]

経歴・人物[編集]

1918年関西商工学校を卒業[1]1929年に発動機製造(のちのダイハツ工業)に入社し、1943年に取締役に就任し、常務、専務を歴任[1]1966年に再び取締役に就任し、顧問、ダイハツディーゼル社長、会長、相談役を歴任した[1]

1969年藍綬褒章を受章し、1975年勲四等旭日小綬章を受章した[1]

1998年1月5日全身衰弱のために宝塚市のの病院で死去[2]。96歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 「現代物故者事典 1997-1999 p286」
  2. ^ 1998年 1月7日 日本経済新聞 朝刊 p39