杜 瓊真(と けいしん、? - 1046年)は、北宋の真宗の側室。
定州安喜県の人。初め、韓王趙恒(後の真宗)の邸に入り、側室となった。真宗が即位すると、婕妤に封ぜられた。女子を1人産んだ。その後、出家して法正都監の職に封ぜられ、悟真大師の道号を贈られた。
仁宗時代に充媛、充容、婉儀に進み、賢妃に尊封された。慶暦6年(1046年)8月に薨去し、貴妃を再追贈された。