晋陽公主

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晋陽公主(しんようこうしゅ、633年 - 644年)は、中国の太宗李世民の十九女。は明達。幼字は兕子。

経歴[編集]

李世民と長孫皇后の間に生まれた。5歳のとき、母の長孫皇后を失うと、哀哭してやまなかったという。同母兄の晋王李治とは親密で、李治が邸を出るたびに公主は虔化門で見送った。公主は書法にもすぐれ、李世民の飛白書をまねていた。

公主はわずか12歳で世を去り、仏寺に葬られた。

伝記資料[編集]

  • 新唐書』巻83 列伝第8「諸帝公主伝」