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戸田正吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
戸田 正吉
時代 江戸時代初期
生誕 不明
死没 延宝7年12月24日1680年1月25日
改名 正吉→禅超(法名)
別名 七之助
幕府 江戸幕府 鷹匠頭
主君 徳川家綱
氏族 戸田氏
父母 父:戸田吉成、母:興津内記の娘
兄弟 正吉義陳
松平重次の娘
勝房松平重矩政則松平重良養女
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戸田 正吉(とだ まさよし、? - 延宝7年(1680年))は、江戸時代初期の旗本

略歴

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戸田吉成の長男として誕生。父が祖父・戸田貞吉に先立って死去したため世嗣となり、承応元年(1652年)12月27日家督を継ぐ。1500石の知行の内580石を弟の義陳に分知し、小普請となる。

寛文3年12月4日(1664年1月2日鷹匠頭に就く。

延宝7年12月24日(1680年1月25日)死去。

系譜

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父母

正室

子女

参考文献

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