慈運法親王

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慈運法親王(じうんほっしんのう、文正元年(1466年) - 天文6年6月29日1537年8月4日))は、戦国時代法親王。父は伏見宮貞成親王の子伏見宮貞常親王後土御門天皇の猶子となる。法名は初め良源と称し、のち慈運と改めた。二品僧正とも称される。

曼殊院に入り、1495年明応4年)門跡となり、北野社別当に任じられた。1530年享禄3年)に二品に叙せられ、1533年(天文2年)には法住寺座主を兼任し、大僧正に任じられた。和歌連歌に秀でていた。