御薗夢分斎

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御園 夢分斎(みその むぶんさい、1559年永禄2年) - 1616年元和2年))は、戦国時代から江戸時代初期にかけての鍼医。出身地は陸奥国二本松とも近江国とも言われる[1]

禅僧を経て鍼医となり、打鍼法による夢分流を興した[1]

概要[編集]

夢分斎は禅僧として修行していた際、多賀法印より心得を授かった鍼術を、腹痛を長年患っていた母に試したところ効き目が現れたため、以後鍼医となって人々を救済したという[1]。彼が興した夢分流鍼術は、経絡にこだわらずに邪気を探り当て、該当部位に小槌で金・銀の鍼を打ち込むというものであったという[1]。また、『鍼道秘訣集』を著している。

弟子の御薗意斎鍼博士となり、正親町天皇後陽成天皇に仕えて御薗流創始者となった。

出典[編集]

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  1. ^ a b c d 日本における針灸の歴史 室町から江戸期にかけての受容と発展について - 順天堂大学大学院医学研究科医史学研究室兼筑波大学兼東邦大学 吉田和裕