廣瀬資料館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 廣瀬資料館
 Hirose-Museum
Japanese old street of Oita hita mameda uo street(大分県日田市豆田魚町).png
廣瀬資料館と魚町
施設情報
専門分野 民俗資料
管理運営 公益財団法人廣瀬資料館
開館 1984年(昭和59年)[1]
所在地 877-0005
大分県日田市豆田町9-7
位置 北緯33度19分36.26秒 東経130度56分11.68秒 / 北緯33.3267389度 東経130.9365778度 / 33.3267389; 130.9365778座標: 北緯33度19分36.26秒 東経130度56分11.68秒 / 北緯33.3267389度 東経130.9365778度 / 33.3267389; 130.9365778
公式サイト 廣瀬資料館
プロジェクト:GLAM

廣瀬資料館(ひろせしりょうかん)は、大分県日田市豆田魚町にある日田地区の民俗および経済に関する博物館である。運営は、公益財団法人廣瀬資料館。

概要[編集]

廣瀬資料館は、廣瀬本家(博多屋)という商家であった。作家田山花袋も廣瀬家を訪れて、変わらぬたたずまいに広瀬淡窓(儒学者)を偲んだといわれる。現在は、江戸時代に使用していた器具や書物などを展示する民俗資料館として運営されている。大分県知事広瀬勝貞、およびその先祖である広瀬淡窓の実家でもある。

歴史[編集]

宗家第1世五左衛門の先祖は、甲斐武田晴信(信玄)の家臣であった広瀬郷左衛門の弟、広瀬将監正直であるという。延宝元年(1673年)五左衛門貞昌が、18歳の頃に筑前博多より、日田に店を移し堺屋と号したのち博多屋と改号する。郡代より掛屋を任せられ、6世広瀬久兵衛の頃に豊前海岸干拓工事を取り仕切り、郡代塩谷大四郎正義より小ヶ瀬井路、日田川通船工事を命じられる。現在の当主は11世廣瀬貞雄である。

出典[編集]

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  1. ^ 廣瀬資料館の紹介”. 廣瀬資料館. 2016年7月12日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]