山本登

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山本 登(やまもと のぼる、1912年大正元年)11月5日 - 1991年平成3年)7月2日 )は、日本の経済学者、経済学博士植民地政策学者、慶應義塾大学名誉教授1981年紫綬褒章1986年勲二等瑞宝章受章。

経歴[編集]

東京都大田区生まれ。

幼稚舎、慶應義塾普通部を経て、1929年(昭和4年)に慶應義塾大学経済学部予科入学。統計学者寺尾琢磨に師事。

1935年3月に同大学を卒業すると、翌月から慶應義塾大学経済学部助手を経て、東南アジア学及び植民政策学世界経済論を講義。ジャワ軍政監部調査部調査室主査となり、第二次世界大戦中は南洋経済・南方経済の研究に着手。大日本拓殖学会などに頻繁に論文を掲載し、開発経済学を研究した。英修道板垣与一川野重任石川滋衛藤瀋吉矢内原勝らは同志で、戦後はアジア研究所創設に尽力。その他、創価大学でも教鞭をとった。

1952年11月、ドイツ政府奨学生制度(DAAD)を利用し、西ドイツキール大学世界経済研究所に留学。

1960年3月(昭和35年)、「アジアの地域的経済協力問題の研究」で経済学博士。

1964年(昭和39年)から、慶應義塾大学国際センター所長、慶應義塾常任理事慶應義塾評議員等を歴任。著書多数。

主な著書[編集]

  • 『植民政策』 慶應出版社 1942年
  • 『欧州経済統合の分析と展望』 板垣與一、 山本登、 日本国際問題研究所 1964年
  • 『中ソ対立とアジア諸国』 日本国際問題研究所 1971年
  • 『アジア開発のメカニズム』 アジア経済研究所 1970年

学外所属機関[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

  • 山本 登 山本 登 - Bibliographical Database of Keio Economists