小野城 (美濃国)

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小野城
岐阜県
別名 本城山城、栃洞山城
城郭構造 山城
築城主 不明
築城年 大永年間前後
主な城主 斎藤八郎左衛門宗久
廃城年天文23年(1554年)
遺構 堀切・竪堀・井戸・石垣
指定文化財 なし
位置
地図
小野城跡の位置(岐阜県内)
小野城跡
小野城跡

小野城(おのじょう、別名:本城山城、栃洞山城)は、岐阜県関市小野にある日本の城跡(山城)。別名、小野城、栃洞山城。城主は美濃守護代斉藤氏である。 築城年代は大永年間前後と言われている。斎藤宗久斎藤宗祐が城主と伝わっている。

現在[編集]

堀切竪堀井戸石垣・説明板がある。主郭は巨岩が、山頂には大きな岩盤が剥き出しになって露出しており、景色を一望できる。説明版は、主郭の岩に手製の説明板が埋め込んである。山頂部には、相当数の曲輪が残存し、至る所に大きな石垣がある。広大な範囲に遺構が広がり、城の規模が大きい。

概略[編集]

小野城は美濃守護斎藤氏が築いた城であり、規模から判断して、存在価値の高い城郭であった。その後、小野山合戦の後廃城になったと伝わる。美濃守護斎藤氏と、斎藤道三後斎藤氏の闘争の関わりが指摘されているが定かではない。

資料[編集]

  • 「小野城は斎藤八郎左衛門宗久が城主とされ、里人の伝えとして天文23年(1554)に廃城になったと記されている。」(『新撰美濃志』より)
  • 「古城山は当初、大山と呼ばれ、その北之峰に西神野村産土神の不動明王が祀られていた。ここに西神野村地頭斎藤宗祐が居城を構え、不動明王を移した。その後、城が破壊されてから貞享3年まで、159年経過している」(西神野村が上有知村との間に山論が起った際の文書より)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]