小林八右衛門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

小林 八右衛門(こばやし はちえもん、1869年8月29日明治2年7月22日[1][2] - 1939年昭和14年)1月1日[3])は、明治から昭和時代初期の政治家銀行家貴族院多額納税者議員。前名は八重郎[1][4]

経歴[編集]

小林小太郎の長男として、のちの山梨県南巨摩郡増穂村(増穂町を経て、現在の富士川町)に生まれる[2]1901年(明治34年)2月、家督を相続する[1][2]山梨県立甲府中学校早稲田専門学校を経て、東京法学院を卒業し、増穂村学務委員[3]となる[5]。ついで所得税調査委員、増穂村会議員、山梨県会議員、小林銀行頭取、山梨農工銀行監査役、山梨貯蓄銀行取締、有信銀行監査役、同取締役を歴任する[6]。ほか、南巨摩郡立第一養蚕伝習所長などを務めた[3]

1923年(大正12年)11月に山梨県多額納税者として貴族院議員に互選され[6]、同年12月9日[7]から1925年(大正14年)9月28日まで在任した[3]

親族[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 人事興信所 1915, こ8頁.
  2. ^ a b c 甲府興信所 1928, 984頁.
  3. ^ a b c d 衆議院、参議院 編 1960, 192頁.
  4. ^ 人事興信所 1928, コ51頁.
  5. ^ 甲府興信所 1928, 984-985頁.
  6. ^ a b 甲府興信所 1928, 985頁.
  7. ^ 『第四十七回帝国議会貴族院議事速記録 議員異動』1923年、8頁。

参考文献[編集]