天臨閣

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天臨閣(てんりんかく)は、大坂城本丸にあった桃山様式の書院建築。紀州御殿(きしゅうごてん)の通称で知られた。

歴史[編集]

  • 1621年、この頃和歌山城二の丸御殿が整備される。
  • 1868年戊辰戦争により、大坂城本丸御殿が焼失。
  • 1885年、和歌山城二の丸御殿の一部を大坂城本丸へ移築。陸軍大阪鎮台本営として利用され、紀州御殿と呼ばれる。
  • 1888年、大阪鎮台が第4師団となり、第4師団司令部として利用される。
  • 1931年、大坂城天守の再建および本丸の公園化(大阪城公園の開園)により、大阪市民からの寄付で第4師団司令部庁舎(現・ミライザ大阪城)が完成。紀州御殿は大阪市へ移管され、大阪市迎賓館となる。併せて日本庭園が整備される。
  • 1932年昭和天皇行幸。紀州御殿が行在所となる。
  • 1933年、紀州御殿を「天臨閣」と改称。
  • 1945年占領軍が接収。
  • 1946年、占領軍の失火により焼失。

参考文献[編集]

  • 文:宮上茂隆、絵:穂積和夫「大坂城 天下一の名城 日本人はどのように建造物をつくってきたか3」草思社

関連項目[編集]