外林省二

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外林 省二(そとばやし しょうじ、1954年 - )は墨象家。書家広島県福山市生まれ。本名同じ。大東文化大学卒業。

来歴・人物[編集]

3歳で初めて筆を持つ。小学生の頃はバイオリンを習うなど、幼い頃から芸術感覚を磨く環境で育った。

青年期には書道を教える傍ら知人のスタジオでカメラマン呉服宝石に携わる仕事もしていた。

野球ゴルフに精通している。趣味は鈴虫メダカの飼育。

書歴[編集]

3歳より書道を始め、13歳の時に広島県美術展に初出展、当時最年少で初入選。

18歳で奎星展初出品、当時最年少で前衛書部特選。

大東文化大学文学部中国文学科に入学し、宇野雪村に師事。

19歳で毎日書道展初出品、当時最年少入選。

28歳の時に奎星展漢字部で奎星賞受賞。

31歳で毎日書道展毎日賞受賞、第一回訪中書の研究視察団員に当時最年少で選出。

1992年広島県美術展審査員を経て、1993年毎日書道会、奎星会を退き、書壇から退く。以降、特定組織には属していない。

1999年から墨象家・前衛書家として知られる榊莫山に師事。

墨象(前衛書道)という表現方法を選び現在も活動中。

中国上海への出店やロサンゼルスJAPAN・EXPOにも参加した。

近年は越前生漉奉書の重要無形文化財保持者(人間国宝)である九代目岩野市兵衛氏と親交を深めている。

エピソード[編集]

  • 書道は教員である母と兄の影響で始めた。連れられて行った書道教室で筆を使って文字を書くということに興味を持ち、3歳にして自分から筆を持つことを願い出た。
  • 師匠である榊莫山が晩年弟子指導をやめると決断した際も、引き続き弟子として出入りすることを許された。また、「倣莫山」を記してよいとして莫山及び令夫人から認められている。
  • 特定の組織に属さず独自の世界をつくり続けた師匠榊莫山からの継承表現を元に、更なる独自の表現を追求し続ける。あくまでも書道の基礎を踏襲しながらも、書道という範囲の中では表現しきれない想いを如何に現代アートとして表現するかを常に模索している。
  • 書の本場である中国で活動をしていた時期に、対話から瞬時に文字を操るという技術を体得。画廊との契約など、日本の書を中国に持ち込むという挑戦をし、現在も年に数回ほど中国上海を訪れる。現在の日本における活動にも中国で体得した技が生かされている。
  • 墨象家としての顔も持つT-BOLAN森友嵐士は外林省二の弟子である。
  • 日本一の紙とされる越前和紙職人の中でも唯一の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝である九代目岩野市兵衛との出会いから更なる書の可能性を見出し、近年では外林省二専用の紙を漉いてもらうほど親交を深めている。

外部リンク[編集]