吾丘衍

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吾丘 衍(ごきゅう えん、1272年 - 1311年)は、中国元代初期の著述家文人である。中国最初の篆刻理論書を著して篆刻芸術の指針と示した。 呉衍ともいう。字は子行、号は竹房、貞白居士。浙江衢州に生まれ、杭州に住んだ。

生涯[編集]

博学であったが生涯仕官することなく、個人教授などで生計を立て、著述に励んだ。十八歳年長の趙孟頫と交流し、篆刻理論を伝えた。婚姻についてトラブルに巻き込まれ逮捕されて、後に入水し自ら命を絶った。 『新元史』文苑伝にその生涯が伝えられている。門弟に呉孟思、褚奐が育った。

学古編[編集]

吾丘衍の著した『学古編』は中国最初の篆刻理論書として篆刻芸術の在り方を示した。その著で尚古主義を唱え、漢銅印への復古を説いて九畳篆の陋習を打破した。何震『続学古編』、桂馥『続三十五挙』・『再続三十五挙』、黄子高呉咨『続三十五挙』、姚晏『再続三十五挙』など、長期に亙ってその理論が信奉され発展した。

著作[編集]

  • 『尚書要略』
  • 『周秦刻石釋音』
  • 『学古編』
  • 『印式』
  • 『九歌譜』
  • 『十二月楽譜』
  • 『竹素山房集』

出典[編集]