吉田生風庵

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吉田生風庵 庭園

吉田生風庵(よしだしょうふうあん)は、表千家で代々宗匠を務める名古屋の茶家。吉田家の庵号は生風庵という。

歴史[編集]

1834年頃に創立された。表千家吉田生風庵は、江戸時代末期に初代吉田紹和が表千家不審庵10代吸江斎祥翁宗左より表千家宗匠となり、表千家の一門となる。名古屋の表千家流茶家として中部地区の中心的役割を果たしている。表千家吉田生風庵の当主は代々、表千家不審庵家元・千宗左の元で茶道の修行をし、皆伝をされるならわしである。

また、表千家吉田生風庵宗匠は代々茶菓子をもって表千家不審庵の一門となっているため、初釜、茶会などにおいては茶菓子を供することになっており、名古屋の主だった名門茶菓子店は、表千家吉田生風庵宗匠の助言の下に茶菓子を作り出してきたという歴史を持っている。表千家吉田生風庵代々の宗匠たちは、京都大徳寺などのお寺、豊川稲荷などの神社での奉茶のお茶菓子を供する。

第4代、紹清の時に名古屋市昭和区菊園にあった茶室、生風庵は米国カリフォルニア州ロサンゼルスハリウッドワルツパークの日本庭園に移されたが、第5代紹村は愛知県名古屋市中区瓦町に居を移した。現在も吉田生風庵は、中部地区の表千家流茶道会の中心として存在し、毎年1月6日に中区新栄の生風庵で初釜、5月と11月に名古屋市の八事八勝館で行われる生風会大会、7月に納涼大茶会を名古屋国際ホテルで行うなど江戸時代末期以来の伝統を継承している。

歴代[編集]

第5代吉田紹村[編集]

明治41年(1908年)9月20日、愛知県名古屋市生まれ。本名、吉田尭文。名古屋の表千家不審庵流茶家、表千家吉田生風庵第4代吉田紹清の長男。旧制愛知一中第八高等学校を経て京都帝国大学文学部卒業。表千家不審庵第12代、第13代千宗左について茶道を学ぶ。恩賜京都博物館(現京都国立博物館)鑑査員を経て、昭和41年(1966年)、表千家吉田生風庵第5代を継ぐ。七事式の研究など、茶道の学問的研究に尽くした。昭和45年(1970年)9月17日、死去。享年61。号は紹村。

著書[編集]

  • 「表千家流点前(正篇)」(茶道文庫1) 河原書店、2000年改訂 ISBN 978-4761100018
  • 「表千家流点前(続篇)」(茶道文庫21)河原書店、1985年改訂 ISBN 978-4761100216
  • 「千家七事式」(茶道文庫14) 河原書店、1988年改訂 ISBN 978-4761100148

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度9分54.1秒 東経136度55分0.8秒 / 北緯35.165028度 東経136.916889度 / 35.165028; 136.916889