冨沢和未

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
冨沢 和未 Football pictogram.svg
基本情報
生年月日 (1979-10-15) 1979年10月15日(38歳)
出身地 群馬県の旗群馬県中之条町
身長 177cm
体重 73kg
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

冨沢 和未(とみざわ かずみ、1979年10月15日 - )は、日本フットサル選手。群馬県中之条町出身。中之条中学校中之条高等学校卒業。日本サッカー協会技術部(フットサル委員会)所属。日本選抜として国内の最高峰位置に属した後に普及の道に進み、指導者となる(当時25歳)。選手時代には、日本国内の主要の全国大会のタイトルを一通り所属クラブを移りながら獲得。指導者転向後もエリートプログラムを受けるほどの活躍を見せ日本代表スタッフにも帯同した。

指導者をしながら2014年にフットゴルフにも存在感を放ち出す。 2015年には日本初となる日本代表の一員になり、その年の国内チャンピオンとなる。 翌年のワールドカップにも日本代表として出場し、日本人最高位でワールドカップを終え、その年2016年の年間チャンピオンに。 過去全ての日本代表に選出されている唯一の選手。

経歴[編集]

小学5年よりサッカーを始め、中学時代の陸上を挟み高校で再びサッカーをプレーする。この頃からフットサルもプレーを始め、高校卒業と同時に本格的にサッカーからフットサルプレーヤーとして転向する。 関東・東海のチームを渡り歩き全日本選手権・地域チャンピオンズリーグなどタイトルを多数獲得するなど恵まれたフットサルの選手生活を送る。 2003年よりサッカー及びフットサルの指導者としての活動を始め現在のフットサル指導者に至る。 2004年から選手での国内タイトルを獲得したのを期に、形上引退し国内へのフットサル普及活動に没頭する。 2014年よりフットゴルフに出会い、フットゴルフの普及に意欲をわかしプレーを続ける最中、国内初の日本代表選手に選考され、以降日本代表選手として及び日本チャンピオンに位置付けている。 2016年には群馬県のゴルフ場に初のフットゴルフコースの誘致に成功し、普及を進めている。

フットゴルフ転向[編集]

日本代表歴[編集]

2015キャピタルカップ(オランダ) 2016ワールドカップ(アルゼンチン) 2016アジアカップ(中国) 2016パシフィックトロフィー(アメリカ) 2017US-PRO-AMA(アメリカ)

国内勝利[編集]

ジャパンオープン通算7勝

2015年[編集]

年間チャンピオン(ジャパンファイナル優勝) 富士の杜カップ優勝

2016年[編集]

年間チャンピオン(ツアー優勝、ランキング1位) 軽井沢シールズカップ優勝 関西カップ優勝 シールズチームチャレンジ優勝 高橋陽一カップ優勝

2017年[編集]

2017チームチャレンジin軽井沢

主なフットゴルフ戦績[編集]