井上策雲因碩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

井上策雲因碩(いのうえ さくうんいんせき、1672年寛文12年) - 1735年享保20年)3月)は、江戸時代囲碁棋士で、家元井上家5世井上因碩。元の名は三崎策雲越前国出身、本因坊道策門下、八段準名人。

(井上家相続時は4世であったが、後の家系書き換えに基づき5世とする)

経歴[編集]

道策門下だったが、1702年(元禄15年)に4世井上道節因碩の養子となって井上因節を名乗り、御城碁に出仕する。1719年(享保4年)に道節死去により、井上家家督を継いで5世井上因碩となり、続いて上手(七段)へ進む。1721年(享保6年)には安井仙角林朴入門入とともに本因坊道知名人碁所就位を出願し、道知就位にともない仙角、門入とともに準名人(八段)に進む。同年井上友碩を跡目とし、翌年から御城碁に出仕させるが、1726年(享保11年)に友碩が没したため、翌年門下の伊藤春碩を再跡目とする。1734年(享保19年)に退隠して春碩に家督を譲り、翌年没。御城碁は28局を勤めた。

御城碁戦績[編集]

  • 1702年(元禄15年)先番1目負 安井仙角
  • 1703年(元禄16年)白番4目勝 林玄悦門入
  • 1704年(宝永元年)白番14目負 安井仙角
  • 1705年(宝永2年)白番3目負 林因竹
  • 1706年(宝永3年)先番4目勝 林朴入門入
  • 1707年(宝永4年)白番6目負 本因坊道知
  • 1708年(宝永5年)先番2目勝 本因坊道知
  • 1709年(宝永6年)先番4目勝 林朴入門入
  • 1710年(宝永7年)白番3目負 林朴入門入
  • 1711年(正徳元年)先番3目勝 安井仙角
  • 1712年(正徳2年)白番3目負 安井仙角
  • 1713年(正徳3年)白番5目負 本因坊道知
  • 1714年(正徳4年)先番3目勝 本因坊道知
  • 1715年(正徳5年)先番3目負 林朴入門入
  • 1716年(享保元年)白番3目負 林朴入門入
  • 1717年(享保2年)白番5目負 本因坊道知
  • 1719年(享保4年)白番3目負 安井仙角
  • 1720年(享保5年)先番ジゴ 本因坊道知
  • 1721年(享保6年)白番3目負 林因長
  • 1722年(享保7年)向三子6目負 本因坊知伯
  • 1723年(享保8年)白番ジゴ 林因長
  • 1724年(享保9年)先番3目勝 安井仙角
  • 1725年(享保10年)白番3目負 林朴入門入
  • 1726年(享保11年)白番ジゴ 本因坊知伯
  • 1727年(享保12年)白番3目負 安井知仙
  • 1729年(享保14年)先番5目勝 林因長門入
  • 1730年(享保15年)白番4目負 安井仙角
  • 1732年(享保17年)白番3目負 林因長門入

参考文献[編集]

  • 安藤如意、渡辺英夫『坐隠談叢』新樹社 1955年