井上家

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井上家
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家祖 中村道碩
著名な人物 井上玄覚因碩
井上幻庵因碩
支流、分家 服部家(外家)
凡例 / Category:日本の氏族

井上家(いのうえけ)は江戸時代囲碁家元四家の一つであり、名人 (囲碁)を2名輩出している。初代道碩を除き、代々当主は因碩を名乗るしきたりであった。このため「春碩因碩」「幻庵因碩」などと、跡目時代の名や隠居後の名をつけて区別することが多い。

初代名人である本因坊算砂の高弟中村道碩を祖とする。歴代家元中最も知名度が高いのは十一世の幻庵因碩で、本因坊丈和と名人の地位を激しく争ったことで知られる。井上家は家元四家の中では最も長続きし、十六世の恵下田因碩が1961年に死去して断絶した。この後弟子の津田義孝が十七世襲名を行おうとしたが、一般には認められていない。なお、津田義孝も1983年に死去し、津田の襲名を認めたとしても井上家は既に断絶している。

歴代当主[編集]

※厳密に言えば、中村道碩は高祖・井上玄覚因碩が初代の位置づけだが、井上幻庵因碩の代に上記のように系譜をまとめているためそれに倣い表記した。

門下など[編集]

外家として、服部因淑、雄節、正徹の服部家がある。幻庵因碩も因淑門下であり、一時は因淑の養子となっていた。

幻庵因碩門下の中川順節は、大阪に移って多くの弟子を育て、井上家と関西の結び付きを深めた。大塚亀太郎が14世を継いで以後は、井上家は大阪に在することとなる。