不破由晴

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不破 由晴(ふわ よしはる、1942年 - 2014年)は、日本の金属造形家。クックベッセル株式会社元会長。東京市小石川区(現・東京都文京区)出身。

略歴・業績[編集]

  • 1942年 東京に生まれる
  • 1958年 都立文京高校に入学、美術部に入部
  • 1961年 東京芸術大学 美術学部 工芸科 入学
  • 1965年 東京芸術大学 美術学部 工芸科 鍛金専攻 卒業、安宅賞受賞
  • 1967年 東京芸術大学 美術学部 工芸科 鍛金専攻 大学院修了、卒業制作(大学買い上げ) プランタン賞受賞  サロン・ド・プランタン賞
  • 1967年 金属造形家集団工房(ジリオ)の設立に加わる
  • 1969年 「ホルンケトル 2.0 L」 Gマーク選定
  • 1971年 「ホルンケトル 3.0 L」 Gマーク選定
  • 1982年 クックベセル株式会社 入社
  • 1984年 ケトルと鍋の「ママンシリーズ」 Gマーク選定 グッドデザイン賞
  • 1986年 「ホルンケトル 3.0 L」 Gマークロングライフデザイン賞

経歴[編集]

金属工芸家として活動し、金属を金槌で打って加工する鍛金(タンキン)技法によって、多彩な作品を制作した。日本橋銀座四丁目の金属標識板は、彼の作品として、通行する人々の目に触れている。

沸騰すると笛が鳴る画期的な仕組みを発明し、これを組み込んだアルミニウムのケトル(湯沸かし)をデザインし、その機能と芸術性は評価され、グッドデザイン賞として選定された。

日本から諸外国に輸出されたが、現在では各国で生産されるようになり世界的な普及を齎した。

笛吹きケトルの発明とデザインは、揺るぎないものとなった。

メッシュアート(金網みで製作する作品)の作品群を残し、また上野の東京芸術大学図書館の壁面を飾るアートは、「壁 Meccainismo1967」として現存している。

生い立ち[編集]

不破家の次男として産まれる。父に不破龍登代、兄に不破亨と義兄の原昭二。 父親の不破龍登代(東京大学医学部卒、日本病院薬剤師会長を務め、日本薬学会有功会員、勲三等瑞宝章受章)、兄の不破亨。また、義兄の原昭二(東京大学卒)も薬学を専攻し、東京薬科大学教授、日本薬学会有功会員、1993年、紫綬褒章を受賞しており、不破由晴の家族には、薬学専攻者が多い。 後世は東京都新宿区で過ごした。

脚注[編集]