ウォード・カニンガム
ウォード・カニンガム | |
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2011年12月のカニンガム | |
| 生誕 |
Howard G. Cunningham 1949年5月26日(77歳) アメリカ合衆国 Michigan City, Indiana |
| 住居 | アメリカ合衆国 Portland, Oregon |
| 出身校 | パデュー大学 |
| 職業 | コンピュータ・プログラマ |
| 活動期間 | 1984年 - 現在 |
| 著名な実績 | WikiWikiWeb: 世界初のwikiの実装 |
| コールサイン | K9OX |
ハワード・ウォード・カニンガム(Howard G. "Ward" Cunningham、1949年5月26日 - )[1]は、世界初のウィキを開発したアメリカ合衆国のコンピュータ・プログラマである。デザイン・パターンおよびエクストリーム・プログラミングのパイオニアでもある。1994年、WikiWikiWebの開発を開始し、1995年3月25日に自身のソフトウェアコンサルタントのウェブサイトである Cunningham_&_Cunningham(ドメイン名のc2.comとしても有名)に、Portland_Pattern_Repositoryのアドオンとしてインストールした。アジャイル・マニフェストの17人の元署名者の1人でもある。
カニンガムはオレゴン州ビーバートンに住んでおり、New Relicのプログラマとして働いている[2]。以前は、CitizenGlobalにてCo-Creation Czarを務めていた[3]。ナイキにてCode for a Better World Fellowも務めている[4]。
その他、ウィキに関する書籍『The Wiki Way』の出版や、 テストフレームワーク「Framework_for_Integrated_Tests」を開発している。ウィキの研究と実践に関するカンファレンス「WikiSym」では第一回より3回にわたって基調講演を行い、「Wikimedia Developer Summit 2017」でも基調講演を行った[5]。
概要
[編集]カニンガムは、コンピュータ上で共同作業により文章の編集を行うツールおよび概念である「WikiWiki」(ウィキウィキ)の発明者である。1995年に最初のウィキサイトである『Portland Pattern Repository』をインターネット上に創設した。「Wiki Wiki」はハワイ語で「速い、速い」を意味し、ウォード・カニンガムがホノルル国際空港内を走る「ウィキウィキシャトル」からとった。
また、アジャイルソフトウェア開発方法論「エクストリーム・プログラミング」の主唱者の一人でもある。
2003年12月からはマイクロソフトのパターン&プラクティスグループにおいてアーキテクトを務めた。2005年10月に退社し、Eclipse財団のコミッターコミュニティ開発ディレクターに就任。
著者に『Wiki Way―コラボレーションツールWiki』(ボウ・ルーフとの共著、2001年 ISBN 4797318325)がある。
脚注
[編集]- ↑ Harry Henderson (2009). Encyclopedia of Computer Science and Technology. Facts On File. p. 122. ISBN 978-0-8160-6382-6
- ↑ “Ward Cunningham Joins the New Relic Family”. New Relic Blog. 2014年12月2日閲覧。
- ↑ “Our Proven Leadership Team”. Citizen Global Website. 2012年5月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月8日閲覧。
- ↑ “Nike Materials Index: Open Data Hackathon”. San Francisco Chronicle. (2009年8月6日). オリジナルの2011年10月7日時点におけるアーカイブ。 2011年8月23日閲覧。
- ↑ “Wikimedia Developer Summit 2017 Program”. 2017年1月17日閲覧。