ワクシニアウイルス

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ワクシニアウイルス
Vaccinia virus PHIL 2143 lores.jpg
ワクシニアウイルスビリオンの透過型電子顕微鏡
分類(ウイルス)
: 第1群(2本鎖DNA)
: ピコルナウイルス目
Picornavirales
: ポックスウイルス科
Poxviridae
: オルソポックスウイルス属
Orthopoxvirus
: ワクシニアウイルス
Vaccinia virus
ウイルス[1]
  • Buffalopox virus
  • Cantagalo virus
  • Rabbitpox virus Utrecht
  • Vaccinia virus Ankara
  • Vaccinia virus Copenhagen
  • Vaccinia virus WR

ワクシニアウイルスまたはワクチニアウイルス (Vaccinia virus, VACVまたはVV) は、ポックスウイルス科に属するエンベロープを持ったウイルスである[2]。約19万塩基対の直鎖状2本鎖DNAゲノムを持ち、約250の遺伝子がコードされている。ビリオンの大きさはおよそ 360 × 270 × 250 nm、重さは約 5–10 fg である[3]

天然痘予防接種によって広く予防された最初の病気であり、それは18世紀のイングランドの医師・科学者エドワード・ジェンナーによる牛痘ウイルスを利用した先駆的業績に負うとところが大きい。ワクシニアウイルスは天然痘を根絶したワクチンの有効成分であり、このワクチンによって天然痘は初めて根絶されたヒトの病気となった。この取り組みは世界保健機関の天然痘根絶プログラム (The Smallpox Eradication Programme) の下で遂行された。天然痘の根絶後も、遺伝子治療遺伝子工学において生体組織へ遺伝子を運搬する道具として利用するため、また天然痘を利用したバイオテロの懸念のため、科学者はワクシニアウイルスの研究を行っている。

ワクシニアウイルス感染症の分類[編集]

初回のワクチン接種による合併症を伴わない体調悪化、掻破による他の部位への伝染、接種後の脳炎のほか、ワクシニアウイルス感染に伴う合併症が起こることがあり、次のタイプに分類される[4]:391

起源[編集]

ワクシニアウイルスは牛痘ウイルスときわめて近縁であり、この2つは歴史的にはしばしば同一のものと見なされていた[5]。ワクシニアウイルスは何十年にもわたって研究室で繰り返し継代培養され、記録管理もなされていなかったために、正確な起源は不明である[6]。最も一般的なのは、ワクシニアウイルス、牛痘ウイルス、天然痘ウイルスはすべて共通の祖先ウイルスに由来する、という考えである。また、ワクシニアウイルスはもともとウマから単離されたものであるという推測もあり、初期 (1902年) の天然痘ワクチン試料のDNA分析によって、馬痘ウイルス (horsepox virus) と99.7%類似していることが示された[7]

ウイルス学[編集]

ポックスウイルス宿主細胞のの外、細胞質でのみ複製を行うという点で、DNAウイルスの中でも独特である[8]。そのため、ウイルスDNAの複製と遺伝子の転写に関与するさまざまな酵素タンパク質をコードする巨大なゲノムが必要とされる。複製のサイクルにおいて、ワクシニアウイルスは外膜が異なる4つの感染型のウイルスを産生する。細胞内成熟ビリオン ( intracellular mature virion、IMV)、細胞内エンベロープビリオン (intracellular enveloped virion、IEV)、細胞結合性エンベロープビリオン(cell-associated enveloped virion、CEV)、細胞外エンベロープビリオン(extracellular enveloped virion、EEV) の4種類である[9]。いまだ論争はあるものの、IMVは単一のリポタンパク質の膜から構成され、CEVとEEVは2層、IEVは3層のエンベロープを持つという見方が一般的である。最も量の多い感染型はIMVで、宿主間の拡散を担っていると考えられている。一方、CEVは細胞間の拡散、EEVは宿主個体内の長距離の拡散に重要であると考えられている。

多重感染回復[編集]

ワクシニアウイルスでは多重感染回復 (multiplicity reactivation、MR) が起こることが知られている[10]。MRとは、致死的損傷を持つ複数のウイルスゲノムが感染細胞の中で相互作用し、その結果、生存可能なウイルスゲノムが形成されることである。Abelは、ニワトリ胚細胞へ1粒子のワクシニアウイルスを感染させたときにウイルスの子孫形成が起きなくなる量の紫外線を照射しても、このような不活化ウイルスが2つ以上感染しているときには生存可能な子孫ウイルスが産生される、つまりMRが起こっていることを発見した[10]。KimとSharpは、ワクシニアウイルスのMRが、紫外線照射[11]ナイトロジェンマスタード[12]X線またはガンマ線[13]による処理後にも起こることを示した。Michodらは、さまざまなウイルスにおけるMRの多数の例について再検討を行い、MRはウイルスにおける性的相互作用の一般的な形式であり、ゲノム損傷の組換え修復という利点をもたらす、と示唆した[14]

宿主抵抗性[編集]

ワクシニアウイルスは、ウイルスにインターフェロン抵抗性を与えるいくつかのタンパク質をコードする遺伝子を持っている。

  • K3Lは、翻訳開始因子eIF2α英語版に相同性を持つタンパク質である。K3Lタンパク質は、インターフェロンの活性化因子であるPKRの活性化を阻害する[15]
  • E3Lは、ワクシニアウイルスよってコードされている別のタンパク質で、2本鎖RNAに結合することでPKRの活性化を阻害する[15]

ワクチンとしての利用[編集]

ワクシニアウイルスの注射部位、数日後。

ワクシニアウイルスによる感染は極めて軽度であり、一般的には健康な個体では症状は出ないが、軽度の発疹発熱が起こる可能性がある。ワクシニアウイルスに対する免疫応答が、致死的な天然痘感染からその人物を保護する。そのため、ワクシニアウイルスは天然痘に対する生ワクチンとして現在でも利用されている。予防したいウイルスの弱毒化株を用いるワクチンとは異なり、ワクシニアウイルスワクチンは天然痘ウイルスを含まないため、天然痘を引き起こすことはない。しかしながら、時として特定の合併症またはワクチンの悪影響が出現することがある。このような事象が起こる可能性は、免疫抑制状態の人物では有意に上昇する。予防接種によって、約100万人に1人程度、致命的な反応が生じる。

現在ワクチンは、天然痘ウイルスに感染するリスクの高い医療従事者・研究者とアメリカ軍の軍人に対してのみ投与されている。天然痘を用いたバイオテロの脅威のため、将来再びワクチンが広く投与されるようになる可能性がある。そのため、バイオテロの発生時により安全・迅速に配備可能な、新たな天然痘ワクチンの開発が科学者によって行われている。

2007年9月1日にアメリカ食品医薬品局は、必要時に迅速に製造可能な、天然痘に対する新たなワクチンACAM2000英語版を認可した。サノフィパスツールによって製造が行われ、アメリカ疾病予防管理センターは1億9250万投与量分の備蓄を行った[16]。また、ワクシニアウイルスの改変株 Modified vaccinia Ankara に基づいた新たな天然痘ワクチンImvanexが2013年に欧州医薬品庁によって承認された[17]

ワクシニアウイルスは、宿主内で外来遺伝子を発現させて免疫応答を引き起こす、組換えウイルスワクチンとしても利用されている。他のポックスウイルスも組換え生ワクチンとして利用されている[18]

歴史[編集]

天然痘のための元々のワクチン、そして予防接種のアイデアの源は、1798年にエドワード・ジェンナーによって記載された牛痘である。牛痘に対して用いられたラテン語の用語 Variolae vaccinae はジェンナー自らが「牛の天然痘」を翻訳した語であり、予防接種 (vaccination) のアイデア全体にその名を残している[19]。天然痘の予防接種に用いられたウイルスが (今では) 牛痘ウイルスと同一のものではないと判明し、天然痘ワクチン中のウイルスに対してワクシニア (Vaccinia) という名前が用いられた。冷蔵輸送法が発明される以前は、ワクチンのpotencyとefficacyは信頼性に欠けるものであった。ワクチンは熱や日光によって不活化されるため、羽根ペンの先で試料を乾燥させて必要な国へ運ぶ、という方法ではワクチンはしばしば不活性なものとなった。用いられた他の方法は、「腕から腕へ」という方法である。この方法は、ある人に接種を行い、感染性の膿疱が形成され次第それを他の人へ接種する、という過程を繰り返すものである。この方法は生体を利用したワクチンの輸送であり、その運搬人としては多くの場合に孤児が選ばれた。しかしこの方法は、肝炎梅毒といった他の血液感染症を拡散する可能性があるという問題があった。1861年には、イタリア人の小児41人がこの方法による接種の後に梅毒に感染した[20]

1913年、E. Steinhardt、C. Israeli、R. A. Lambertはブタの角膜片の培養組織を用いてワクシニアウイルスを生育した[21]。1939年、Allan Watt Downieは、20世紀に用いられている天然痘ワクチンと牛痘ウイルスは同一のものではないが、免疫学的に関連したものであることを示した[22][23]

近年の症例[編集]

2007年3月に、アメリカ・インディアナ州の少年とその母親は、父親から伝染したワクシニアウイルスによって命に関わる症状を発症した[24]。少年は父親と密接な接触を行った後、体の80%以上に特徴的な発疹が現れた。アメリカ軍は2002年に天然痘の予防接種を再開しており、父親は陸軍で海外配備される前の予防接種を受けていた。少年にはワクシニア感染症の危険因子として知られている湿疹があったため感染が起こった。少年には免疫グロブリン療法シドフォビル英語版、そして、SIGAテクノロジーズ英語版によって開発され、当時はまだ実験的薬剤であったテコビリマット英語版による治療が行われた[25]。2007年4月19日に、少年は皮膚の痕の可能性を除き、後遺症もなく退院した[24]

2010年に、アメリカ疾病予防管理センターは、ワシントン州の女性がボーイフレンドとの手指と膣の接触の後、ワクシニアウイルスに感染したと報告した。ボーイフレンドは軍人で、天然痘の予防接種を受けたばかりであった。女性には小児期に湿疹の病歴があったが、成人後は発症していなかった。またセンターは、予防接種を受けた軍人との性的接触後のワクシニアへの感染について、過去12ヶ月間の4つの類似した症例を認識していることを示した[26]。さらに、湿疹の病歴のある患者の症例は2012年にも発生した[27]

出典[編集]

  1. ^ ICTV 9th Report (2011) Poxviridae (html)” (英語). International Committee on Taxonomy of Viruses (ICTV). 2018年12月17日閲覧。
  2. ^ Sherris Medical Microbiology (4th ed.). McGraw Hill. (2004). ISBN 978-0-8385-8529-0. 
  3. ^ Johnson, L.; Gupta, A. K.; Ghafoor, A.; Akin, D.; Bashir, R. (2006). “Characterization of vaccinia virus particles using microscale silicon cantilever resonators and atomic force microscopy”. Sensors and Actuators B Chemical 115 (1): 189–197. doi:10.1016/j.snb.2005.08.047. 
  4. ^ James, William D.; Berger, Timothy G. (2006). Andrews' Diseases of the Skin: clinical Dermatology. Saunders Elsevier. ISBN 978-0-7216-2921-6. 
  5. ^ Huygelen C (1996). “Jenner's cowpox vaccine in light of current vaccinology” (Dutch). Verh. K. Acad. Geneeskd. Belg. 58 (5): 479–536; discussion 537–8. PMID 9027132. 
  6. ^ “Smallpox and Vaccinia”. Vaccines (3rd ed.). Philadelphia, Pennsylvania: WB Saunders. (1999) [1988]. ISBN 978-0-7216-7443-8. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/bv.fcgi?rid=vacc.chapter.3. 
  7. ^ Schrick, Livia; Tausch, Simon H; Dabrowski, P. Wojciech; Damaso, Clarissa R; Esparza, José; Nitsche, Andreas (2017). “An Early American Smallpox Vaccine Based on Horsepox”. New England Journal of Medicine 377 (15): 1491–1492. doi:10.1056/NEJMc1707600. PMID 29020595. 
  8. ^ “Vaccinia Virus DNA Replication Occurs in Endoplasmic Reticulum-enclosed Cytoplasmic Mini-Nuclei”. Mol. Biol. Cell 12 (7): 2031–46. (1 July 2001). doi:10.1091/mbc.12.7.2031. PMC: 55651. PMID 11452001. http://www.molbiolcell.org/cgi/content/full/12/7/2031. 
  9. ^ “The formation and function of extracellular enveloped Vaccinia virus”. J. Gen. Virol. 83 (Pt 12): 2915–31. (1 December 2002). doi:10.1099/0022-1317-83-12-2915. PMID 12466468. http://vir.sgmjournals.org/cgi/content/full/83/12/2915. 
  10. ^ a b ABEL P (August 1962). “Multiplicity reactivation and marker rescue with vaccinia virus”. Virology 17 (4): 511–9. doi:10.1016/0042-6822(62)90150-2. PMID 13858909. 
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  13. ^ “Multiplicity reactivation of gamma- and x-irradiated Vaccinia virus in L cells”. Radiat. Res. 33 (1): 30–6. (January 1968). Bibcode1968RadR...33...30K. doi:10.2307/3572239. JSTOR 3572239. PMID 5634978. 
  14. ^ “Adaptive value of sex in microbial pathogens”. Infect Genet Evol 8 (3): 267–285. (2008). doi:10.1016/j.meegid.2008.01.002. PMID 18295550. 
  15. ^ a b “The E3L and K3L vaccinia virus gene products stimulate translation through inhibition of the double-stranded RNA-dependent protein kinase by different mechanisms”. J. Virol. 67 (3): 1688–92. (1 March 1993). PMC: 237544. PMID 8094759. http://jvi.asm.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=8094759. 
  16. ^ Heilprin, John (2007年9月1日). “FDA approves new smallpox vaccine”. Houston Chronicle. 2019年2月16日閲覧。
  17. ^ Anonymous (2018年9月17日). “Imvanex” (英語). European Medicines Agency - Commission. 2019年2月11日閲覧。
  18. ^ Vanderplasschen, A.; Pastoret, P.-P. (December 2003). “The Uses of Poxviruses as Vectors”. Current Gene Therapy 3 (6): 583–595. doi:10.2174/1566523034578168. 
  19. ^ Baxby, D (1999). “Edward Jenner's Inquiry; a bicentenary analysis”. Vaccine 17 (4): 301–7. doi:10.1016/S0264-410X(98)00207-2. PMID 9987167. 
  20. ^ Tucker, Jonathan B. "Scourge : The Once and Future Threat of Smallpox." New York: Grove/Atlantic Inc., 2001
  21. ^ “Studies on the cultivation of the virus of vaccinia”. J. Inf Dis 13 (2): 294–300. (September 1913). doi:10.1093/infdis/13.2.294. JSTOR 30073371. 
  22. ^ Downie, AW (1939). “The Immunological Relationship of the Virus of Spontaneous Cowpox to Vaccinia Virus”. British Journal of Experimental Pathology 20 (2): 158–176. PMC: 2065307. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2065307/. 
  23. ^ Tyrrell, D. A. J.; McCarthy, K. (1990). “Allan Watt Downie. September 1901-26 January 1988”. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society 35: 98–112. doi:10.1098/rsbm.1990.0004. 
  24. ^ a b Centers for Disease Control and Prevention (CDC) (2007). “Household transmission of vaccinia virus from contact with a military smallpox vaccinee—Illinois and Indiana, 2007”. Morbidity and Mortality Weekly Report 56 (19): 478–81. PMID 17510612. https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5619a4.htm?s_cid=mm5619a4_e. 
  25. ^ “SIGA's Smallpox Drug Candidate Administered to Critically Ill Human Patient” (プレスリリース), SIGA Technologies, (2007年3月17日), https://investor.siga.com/node/7346 2018年7月20日閲覧。 
  26. ^ Centers for Disease Control and Prevention (CDC) (2010). “Vaccinia Virus Infection After Sexual Contact with a Military Smallpox Vaccinee—Washington, 2010”. Morbidity and Mortality Weekly Report 59 (25): 773–75. https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5925a2.htm?s_cid=mm5925a2_w. 
  27. ^ Centers for Disease Control and Prevention (CDC) (March 2013). “Secondary and tertiary transmission of vaccinia virus after sexual contact with a smallpox vaccinee—San Diego, California, 2012”. Morbidity and Mortality Weekly Report 62 (8): 145–7. PMC: 4604863. PMID 23446513. https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6208a2.htm. 

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

分類
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