リンダ・リチャーズ

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リンダ・A・リチャーズ

リンダ・リチャーズ(Linda Richards、1841年7月27日 - 1930年4月16日)は、アメリカ合衆国看護師ニューヨーク州ポツダム付近で出生。祖先は17世紀初期にイギリスから新大陸に渡ってきた一族で、牧師、医師、教師の多い家系であった[1]

幼少時から理想的看護師を志し、ボストン市立病院の見習い生となったが、仕事に満足することはできなかった。ところが、女医ディモック[2]がマサチューセッツのニューイングランド婦人小児病院内に看護学校を設立したのを知り、1872年秋第一期の5人の一人としてここに入学した。当時31歳であった[3]。翌1873年に卒業すると、ベルビュー病院の夜間監督となり1874年から1877年までは、マサチューセッツ総合病院看護学校において教育にあたった。

1877年より英国に渡り、ロンドンの聖トーマス病院、キングス・カレッジ、また、エディンバラ王立病院などで再度訓練を受け、フローレンス・ナイチンゲールから薫陶を受ける。

1885年に来日し、日本最初の看護師養成コース設立に助力。また同志社病院(京都看病婦学校)にて5年間、看護監督の職に就いていた。

脚注[編集]

  1. ^ 小野尚香「リンダ・リチャーズの人と思想」2、「保健婦雑誌」vol.53 No.2、1997年2月
  2. ^ 当時のアメリカの女性医師の中では卓越した存在で、スイスを中心にヨーロッパ各地で4年間滞在し、カイザースヴェルトのディアコニッセの活動についても関心をもっていた。小野の論文では、「ディーコネス」と表記。小野尚香「リンダ・リチャーズの人と思想」1~13、「保健婦雑誌」vol.53 No.1、1997年1月
  3. ^ 小野尚香「リンダ・リチャーズの人と思想」1、「保健婦雑誌」vol.53 No.1 p.69