ラリー・ポランスキー

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ラリー・ポランスキーLarry Polansky1954年 - )はアメリカ現代音楽作曲家音楽理論家著述家

略歴[編集]

ミルス・カレッジジェイムズ・テニーに師事。1980年にアメリカ若手作曲家の登竜門BMI作曲家賞を受賞。テニーの業績を継承する形で、自らも純正律を用いた作曲に乗り出した。純正律を使って作曲する者はほとんどの場合簡明なテクスチュアを保つことが多いが、ポランスキーの場合は緻密なリズムも簡明なリズムも硬軟取り混ぜて使えるところが際立ってユニークに映っている。ジャワ・ガムランのためにも作曲しているが、ポランスキーは作曲家で妻のジョディ・ダイアモンドと一緒に「フロッグピーク出版社」を興して他の作曲家にもガムランの作曲を呼びかけ、「アメリカン・ガムラン・インスティチュート」を管理するなど、単なる趣味を超えた本格派である。ジャワ・ガムランで用いられる楽器「グンデル」についての解説書も著している。現在はダートマス・カレッジの作曲主任を務めており、既にダートマスの看板のような存在である。

創作[編集]

現在に至るまで長く続く連作の「四声カノン」のように一見コンセプチャルな創作が主眼のようにも感じられるが、「ジム、ベン、それにルー」のように民俗音楽からのインスパイアも取り込み、ジャワ・ガムランのアンサンブルの為に民謡を編曲するなど、音楽性は同世代のアメリカの作曲家と比べても大変に幅広い。前述の「ジム、ベン、それにルー」で、第二曲目は非常に平易な音楽性が親しみやすさを与えるが、「世界で最も長いメロディー」と題される第三曲目では一切の音形の反復を許さずに連綿と八分音符の純正律の音名が羅列されたりと、新しい音楽性の構築にも意欲的である。

ポランスキーのピアノ作品は折に触れて小曲が書かれることが多かったが、1989年には「寂道(クロフォード変奏曲)」と題された一連のピアノ変奏曲の大作を完成させた。全曲で75分、指定された二度の休憩を含めると90分程度に達する作品は、本来の純正律を用いるポランスキーとは違い、ピアニストの名人芸に挑戦する別の面を見せる。この演奏困難な傑作の世界初演は、スイスで三人のピアニストに分担されて行われた。後日、そのピアニストの1人マーチン・クリストが全曲初演を1995年に担当した。全曲初演が可能なピアニストは彼だけであり、他のアメリカのピアニストは抜粋版でしか対応していないことからも、単にアメリカの枠に留まらない巨人的な仕事振りが伺える。ポランスキーと親しい友人でもあるカイル・ガンは「フレデリック・ジェフスキー不屈の民変奏曲と並ぶ、アメリカ発ピアノ変奏曲の双璧である」と述べた。

近年では「二秒の作品」を連作化する「tooaytoods」シリーズ等で、さらに新しい路線を模索している。聞きやすい割には硬派の理論的構築がなされる個性は、現在も尚健在である。

日本の受容[編集]

藤枝守の著書「音律の考古学」に簡易な説明がある。日本で初めて本格的な紹介が行われたのは、1996年のインターリンクフェスティバルで「ジム、ベン、それにルー」が全曲、東京京都で日本初演されたことである。種々のフレットボードを純正律の為に交換したギタリストジョン・シュナイダーも演奏を繰り広げた。

プライベート[編集]

ジョディ・ダイアモンドとの間に一女をもうけた。彼女の「作曲作品」も公開されている。ポランスキーの鉛筆書きや製図ペンで書かれた自筆譜は、近年になって次々とシベリウスで友人その他によって清書され、pdfファイルがフリー公開されている。

外部リンク[編集]