ラサ・オッペンハイム

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ラサ・オッペンハイム[1](Lassa Francis Lawrence Oppenheim、1858年3月30日 - 1919年10月7日)は、ドイツ・イギリスの法学者。現代における国際法実証主義の父のひとりとみなされている[2]

ドイツフランクフルト近郊ヴィンデッケン(Windecken)に生まれ、ベルリン、ゲッティンゲン、ハイデルベルク、ライプツィヒ大学で教育を受けた。1881年、ゲッティンゲン大学で博士号を取得。フライブルクで療養生活を送った後、1895年にイギリスに渡り1900年に市民権を取得、1919年の死までイギリスに居住した。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで1908年から教鞭を執り、ケンブリッジ大学における国際法講座教授(Whewell Professor of International Law)も務めた。1905年から1906年にかけて国際法に関する著名な論文を執筆し、第8版についてはHersch Lauterpachtにより、もっとも著名な第9版はRobert JenningsとSir Arthur Wattsにより編集出版された。

著作[編集]

  • Die Rechtsbeugungsverbrechen (1886)
  • Die Nebenklage (1889)
  • Die Objekte des Verbrechens (1894)
  • Das Gewissen (1898)
  • International Law: volume i, Peace (1905; second edition, 1911), volume ii, War, (1906; second edition, 1912)
  • The Science of International Law (1908)
  • International Incidents (1909; second edition, 1911)
  • The Future of International Law (in German, 1912; English, by Bate, 1914)
  • The Panama Canal Conflict (1913)
  • Westlake's collected papers (1914)

脚注[編集]

  1. ^ 「国際文献紹介 規範政治学としての法実証主義--国際社会、勢力均衡とラサ・オッペンハイムの実証主義国際法」国際問題2003-01(国際問題研究所)[1] からこの人名邦訳を選定した
  2. ^ 19世紀後半から20世紀にかけてウェストレークなどと同様に当時を代表する国際実証主義法学者。「十九世紀から第一次世界大戦までの自己保存権と自衛権」西嶋美智子(九大法学2011年)[2]PDF-P.23

文献情報[編集]

  • 「L.オッペンハイム著『国際法』〔一九〇五年刊・初版〕」広井 大三(大東法学1987-03-31~ 1997-10-30)[3][4][5][6][7][8][9][10][11][12]

関連項目[編集]