ユリアーナ・ツー・シュトルベルク

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2006年にシュトルベルク (ハルツ) 英語版市街に置かれたユリアーナの彫像

ユリアーナ・ツー・シュトルベルクJuliana zu Stolberg, 1506年2月15日 シュトルベルク城英語版 - 1580年6月18日 ディレンブルク英語版)は、ドイツの封建領主シュトルベルク伯家の一員で、オラニエウィレム1世(沈黙公)の母親。オラニエ=ナッサウ家の始祖の1人として知られる。

シュトルベルク伯ボート英語版とその妻のアンナ・フォン・エプシュタイン=ケーニヒシュタイン英語版の間の娘として生まれた。13歳になると、子供の無い叔父のケーニヒシュタイン伯エーバーハルトに引き取られ、ヘッセン地方のケーニヒシュタイン英語版の叔父の宮廷で暮らした。1523年1月27日、ハーナウ=ミュンツェンベルク英語版フィリップ2世英語版と結婚し、間に3男2女をもうけた。

1529年にフィリップ2世と死別すると、共同後見人のナッサウ=ディレンブルクドイツ語版ヴィルヘルム英語版とともに、未成年の息子フィリップ3世英語版の後見人として伯爵領を治めた。1531年9月、ユリアーナは共同後見人のナッサウ伯と再婚し、前夫との間の子供たちを連れてディレンブルクに移った。2番目の夫との間にはオラニエ=ナッサウ家の第1世代となる12人の子供をもうけた。死後、ディレンブルク市街の福音派教会に葬られた。

子女[編集]

最初の夫ハーナウ伯との間に5人の子女をもうけた。

2番目の夫ナッサウ伯との間に12人の子女をもうけた。

参考文献[編集]

  • Adrian Willem Eliza Dek: De Afstammelingen van Juliana van Stolberg tot aan het jaar van de vrede van Munster. De Europese Bibliotheek, Zaltbommel 1968 (Spiegel der historie).
  • Pierre Even: Dynastie Luxemburg-Nassau. Von den Grafen zu Nassau zu den Großherzögen von Luxemburg. Eine neunhundertjährige Herrschergeschichte in einhundert Biographien. Schortgen, Luxemburg 2000, ISBN 2-87953-600-6, S. 94 f.
  • Eduard Jacobs: Nassau, Juliana, Gräfin von. In: Allgemeine Deutsche Biographie (ADB). Band 23, Duncker & Humblot, Leipzig 1886, S. 263–265.
  • Ed. Jacobs: Juliana von Stolberg, Ahnfrau des Hauses Nassau-Oranien. Nach ihrem Leben und ihrer geschichtlichen Bedeutung dargestellt. Hendel, Wernigerode u. a. 1889.