マーン・シング2世

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マーン・シング2世
Man Singh II
ジャイプル藩王
Man Singh II.jpg
マーン・シング2世
在位 1922年 - 1947年
戴冠式 1922年9月18日
別号 マハーラージャ

出生 1912年8月21日
イーサルダー
死去 1970年6月24日
イギリスサイレンスター
配偶者 ガーヤトリー・デーヴィー
ほか
子女 バワーニー・シング
ジャガト・シング
ほか
王朝 カチワーハー朝
父親 サワーイー・シング
宗教 ヒンドゥー教
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マーン・シング2世ヒンディー語:मान सिंह II, Man Singh II, 1912年8月21日 - 1970年6月24日)は、北インドラージャスターン地方ジャイプル藩王国の君主(在位:1922年 - 1947年)。サワーイー・マーン・シング(Sawai Man Singh)とも呼ばれる。

生涯[編集]

マーン・シング2世とガーヤトリー・デーヴィー
マーン・シング2世の銅像

1912年8月21日、マーン・シングはジャイプル藩王国の一族サワーイー・シング(タークル・サーヒブ)の息子として生まれた[1][2]

1921年3月24日、マーン・シングはジャイプル藩王マードー・シング2世の養子となった。

1922年9月7日、マードー・シング2世が死亡し、養子であるマーン・シングがマーン・シング2世として藩王位を継承した[3]

1940年5月9日、マーン・シング2世はクーチ・ビハール藩王国の王女ガーヤトリー・デーヴィーと結婚した[4]

1947年8月15日インド・パキスタン分離独立に際し、マーン・シング2世は帰属先をインドとしていたため、藩王国はインドに併合された。

1970年6月24日、マーン・シング2世はイギリスへ旅行に出かけていたとき、サイレンスターで死亡した[5]

出典・脚注[編集]

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関連項目[編集]