ポートスーダン
ポートスーダン بور سودان Port Sudan | |
|---|---|
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都市 | |
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ポートスーダンハーバー | |
| 北緯19度37分 東経37度13分 / 北緯19.617度 東経37.217度 | |
| 国 |
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| 州 | 紅海州 |
| 人口 (2008年国勢調査)[1] | |
| • 合計 | 394,561人 |
| 等時帯 | UTC+2 |

ポートスーダン(英語:Port Sudan、アラビア語:بور سودان)は、スーダン紅海州の州都[2]。人口は394,561人(2008年国勢調査[1])。2023年から始まった内戦では2023年8月から2026年1月まで臨時首都として機能していた[3][4]。
概要
[編集]紅海に面し、スーダンにとって重要な港湾都市となっている。それまでこの地方の主要港湾であったスワーキン港がサンゴ礁の発達などで商船の出入りが困難だったことからそれに変わる港湾として1906年に建設された[5]。また、1906年にイギリスが敷設した紅海とナイル川とを結ぶスーダン鉄道の終点ともなっている。この鉄道は、ナイル川沿岸の豊かな農場から輸出市場へトウモロコシ、綿などを輸送するために使われた。市内にはポートスーダン新国際空港が存在する。ポートスーダンは、その素晴らしいダイビングとビーチのために観光客の間で知られている。また、紅海を挟んでサウジアラビアのジッダに向かう出発点ともなる。
2023年4月のスーダンでの戦闘が活発化し、首都ハルツームの空港が使用不能になった際には、ポートスーダンの港や空港が国外への脱出経路として注目を集めた[6]。実際に避難した日本人の多くは陸路でポートスーダンまで移動後、自衛隊機で拠点のあるジブチに向かった[7]。また即応支援部隊(RSF)がハルツームの大部分を制圧すると、同年8月にアブドゥルファッターハ・アブドッラフマーン・ブルハーン率いるスーダン政府はポートスーダンに避難した[4][8]。2025年3月にスーダン軍がハルツームを奪還した後、スーダン政府は2026年1月11日に政府機能をハルツームへ戻すと発表した[9]。
石油産業
[編集]1977年には首都ハルツームへ送る石油パイプラインと製油所が完成。輸入した原油を処理し、内陸部へ送り込む重要な拠点となっていたが、1990年代以降、スーダン内陸部の油田開発が活発化。大規模なパイプラインの再敷設が行われ、石油は内陸部から海岸部へと逆方向に送られるようになった。ポートスーダンは、かつての石油の輸入港から輸出港へと変貌しつつある。
脚注
[編集]- ^ a b “Sudan”. Citypopulation (2019年9月5日). 2026年1月13日閲覧。
- ^ “States of Sudan”. Statoids (2015年11月28日). 2026年1月13日閲覧。
- ^ “Sudan’s temporary capital to be moved from Port Sudan to Atbara”. Al Taghyeer (2024年10月2日). 2025年3月3日閲覧。
- ^ a b “Sudan army chief visits HQ after recapture from paramilitaries”. フランス24 (2025年1月26日). 2025年3月3日閲覧。
- ^ 「東部・南部アフリカ」(ベラン世界地理体系10)p42 田辺裕・竹内信夫監訳 朝倉書店 2019年6月10日初版第1刷
- ^ “スーダンに取り残された米国民、生死をかけた自力退避 米政府に憤り”. CNN (2023年4月27日). 2023年5月4日閲覧。
- ^ “スーダン退避 陸路30時間、苦難の脱出劇 邦人「車乗り捨て」覚悟”. みんなの静岡新聞 (2023年4月26日). 2023年5月4日閲覧。
- ^ “Paramilitary RSF say they have seized Sudan's second city”. ロイター通信 (2023年10月26日). 2025年3月3日閲覧。
- ^ “Sudan PM announces govt's return to Khartoum from wartime capital Port Sudan”. フランス24. (2026年1月11日) 2026年1月13日閲覧。
外部リンク
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