プシュパ・ラール・シュレシュタ

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プシュパ・ラール・シュレシュタ(Pushpa Lal Shrestha, 1924年 - 1978年7月22日)はネパール政治家ネパール共産党創設者。少数民族ネワール族出身。

経歴[編集]

後にネパール共産党毛沢東主義派ネパール共産党統一毛沢東主義派議長となり一時首相を務めたプラチャンダ(本名、プシュパ・カマル・ダハル)に影響を与えた。

妻のサハーナ・プラダンは夫の死後プシュパラール派を率い、紆余曲折を経て現在ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派に属し、一時外相を務め親日外交を展開した。

参考文献[編集]

  • 佐伯和彦 『世界歴史叢書 ネパール全史』 明石書店、2003年 

関連項目[編集]