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ブルーラグーン (映画)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブルーラグーン
Return to the Blue Lagoon
監督 ウィリアム・A・グレアム英語版
脚本 レスリー・スティーブンス英語版
原作 ヘンリー・ドヴィア・スタックプール英語版
The Garden of God英語版
製作 ウィリアム・A・グレアム
ピーター・ボガート
製作総指揮 ランダル・クレイザー
出演者 ミラ・ジョヴォヴィッチ
ブライアン・クラウズ
リサ・ペリカン
音楽 ベイジル・ポールドゥリス
主題歌 『A World of Our Own』
サーフェイス英語版 feat. バーナード・ジャクソン
撮影 ロバート・ステッドマン
編集 ロナルド・J・ファーガン
製作会社 ブライス・エンターテインメント
配給 アメリカ合衆国の旗 コロンビア ピクチャーズ
日本の旗 コロンビア ピクチャーズ/トライスター[1]
公開 アメリカ合衆国の旗日本の旗 1991年8月2日
上映時間 101分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $11,000,000[2]
興行収入 世界の旗 $2,807,854[2]
前作 青い珊瑚礁
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ブルーラグーン』(原題:Return to the Blue Lagoon)は、1991年アメリカ映画。1980年公開の映画『青い珊瑚礁』の続編。

概要

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ヘンリー・ドヴィア・スタックプール英語版の小説『The Blue Lagoon英語版』に続き、『The Gates of Morning英語版』で完結する、『青い珊瑚礁』三部作の第2作目『The Garden of God(神の庭)英語版』を原作としている。ただし映画化されたものと符号するのは、航海中の船が前作の主人公たちを乗せたボートを発見し、生存者の赤子だけが救助される冒頭部分のみである。原作でこの船に乗っているのは、前作同様アーサー・レストレンジだが、映画は別人のようになっている。また、『青い珊瑚礁』のラストシーンは、若い親子が乗ったボートに移った船員が「彼らは眠っています」と、生死が曖昧なニュアンスになっているのに対し、本作の冒頭は2人の死亡が明言されている。

製作総指揮に前作『青い珊瑚礁』の監督ランダル・クレイザー、共同プロデューサーに前作で助監督を務めていたピーター・ボガートが参加しているほか、音楽は引き続きベイジル・ポールドゥリスが担当している。

ストーリー

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1897年、海上を進む船が漂流中のボートを発見する。乗っていた若い男女は息絶えていたが、幼い男児は生きていた。赤子の女児リリーを連れた未亡人サラ・ハーグレイブに男児は委ねられ、サラはその子にリチャードと名付ける。2人の遺体の水葬を終えた後、船内でコレラが発生した報告を受けた船長は、サラに最低限の荷物を乗せたボートで船を離れるよう促す。サラたちと同乗した船員のケニーは、子供の泣き声に苛立って殺そうとしたため、サラは手近にあったでケニーを撲殺し、遺体を海へ捨てた。

3人のボートは熱帯の島に辿りつき、サラはそこで手作りの木製の家を発見する。母親を探すリチャードの様子からサラは、ボートで亡くなっていた若い夫婦が暮らしていた家だと気づき、3人は無人島での長い生活を始める。サラは聖書と自分の知識をもとに、2人を文明人に育てるためにテーブルマナー礼儀作法など様々なことを教えた。8年後、リチャードは10歳、サラは8歳になり、互いの性器に興味を持ち始めたことから、サラは性教育が必要だと考える。しかし牧師の妻だった慎み深いサラがセックスを教えるには話がぎこちなく、リリーに生理の知識を与え、“子供を作る時は、女性の身体にある特別な場所に、男性から協力をしてもらう”と説明するのが精一杯だった。暴風雨の日、屋外で屋根の修理をしたことでサラは肺炎を患い、2人に力を合わせて生きるよう伝えてから亡くなる。やがてティーンエイジャーに成長した2人はサラの教えを守って困難を乗り越え、聖書の内容に準じた結婚式を挙げて、初めてのセックスを体験した。

サラの死から6年後、水の補給に1隻の貿易船が島にやってくる。リリーとリチャードは船長ジェイコブ・ヒリアードとその一行を厚くもてなし、文明社会へ戻りたい旨を告げる。ジェイコブはもてなしの礼に、裸同然の2人に洋服を与える。ジェイコブのわがままな娘シルビアはリチャードに興味を抱いて誘惑するようになり、リリーは嫉妬する。リリーは顔料でシルビアの化粧の真似事をしてリチャードの気を引こうとするが、彼はその意図を汲めず、シルビアに釣りを教えるために小舟で海に出る。

リリーが滝で顔と身体を洗っていると、粗暴な船員クインランが彼女の髪飾りに付いていた真珠を寄こすよう脅し、次にレイプしようと襲いかかった。小舟の上でシルビアに迫られていたリチャードは、助けを呼ぶリリーの声を聞き、家へ走る。ライフルを発砲して怒り狂うクインランから逃げつつも、リチャードはが泳ぐ入り江に誘い出して、彼を鮫の餌食にすることに成功する。リリーは船に乗らず島に残る意思をリチャードに伝え、お腹に赤ちゃんがいることを打ち明ける。銃も邪悪もない島で子供を育てたいと話すリリーにリチャードは同意し、2人は島を離れる貿易船を見送った。2人の若い恋人は島で子供を授かり、それまでと同じ日々を送る。

キャスト

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スタッフ

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製作

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1980年9月17日の『ハリウッド・リポーター』は、コロンビア ピクチャーズが『青い珊瑚礁』の続編を製作し、ブルック・シールズクリストファー・アトキンズが再出演する予定であることを報道した[注 1]。その4ヵ月後、1981年1月12日の『バラエティ』誌では、前作の監督ランダル・クレイザーが1982年に続編を製作すると報じられた[5]

ところが原作者スタックプールの小説の著作権を管理していた遺産相続人と、コロンビア・ピクチャーズとの間で小説の権利を巡る法的な争いが起き[注 2]、この企画は1989年12月まで宙に浮いたままになっていた[5]。クレイザーは『ロングビーチ・プレス・テレグラム英語版』誌に、脚本はほとんど完成しており、1990年には撮影に入る予定だと語っていた。だがジャック・ロンドンの小説を原作とする『ホワイト・ファング』(1991年)の映画化を進めていたクレイザーは、その撮影でアラスカに行くことになり、『青い珊瑚礁』の続編を監督することが出来なくなった。クレイザーは続編の製作会社ブライス・エンターテインメントの代表者フランク・ブライスと共同で、プロデュース側にまわることになる。クレイザーの話によると途中まで完成していた脚本は、前作の主人公たちの子供が熱帯の島で1人で暮らしており、思春期を迎えた頃に孤児の少女と出会う内容だったという[5]

撮影

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ミラ・ジョヴォヴィッチ(2000年)

1990年3月17日付の『バラエティ』誌は、『青い珊瑚礁』の続編がようやく動き出し、同年6月のフィジーオーストラリアのロケで製作を開始することを掲載した[5]。監督のウィリアム・A・グレアム英語版は全国規模の新人発掘オーディションから数千人の候補者を検討し、数か月にわたる800人ものオーディションを経て、当時14歳のミラ・ジョヴォヴィッチを主役に抜擢した。ジェニファー・コネリーも主役候補であったが、彼女はこれを辞退した。『青い珊瑚礁』でヌード場面にボディダブルを使ったブルック・シールズと違い、ミラはカメラの前で自ら裸になると決めた。映画公開時のインタビューでミラは、本作のヌードシーンはそれほど露骨なものではなかったため、自分が脱ぐことにしたと語っている[6]

前作のラストシーンで「彼らは眠っています」と話す船員を演じたガス・マーキュリオ英語版が、同場面を再現した本作の冒頭にも出演している。続編でマーキュリオは、生存者の赤子をリサ・ペリカンが演じるサラに手渡す役柄である[7]

タベウニ島の海岸

1990年初頭にグレアムがフィジーを下見に訪れた時は完璧な天候だったが、6月に現地のタベウニ島で撮影を始めると2週間も雨が降り続き、映像映えするような白い雲と青い海はなかなか得られなかった。しかしグレアムはめげずに、持ち前のユーモアと明るさで乗り切ろうとした[6]。主にテレビ業界で活動していたグレアムがこの映画を引き受けた理由は「ふんどしを巻いて休暇を過ごすぐらいで済む仕事だと思ったから」だと冗談交じりに話し、「もしここが楽園だというのなら、私は本来の場所である地獄に戻りたい」と、撮影の過酷さを例えた[8]

タベウニ島には舗装されていない道が1本あるだけで[5]。重要なロケ地のビーチに向かうには水路を行くか、急勾配のぬかるんだ道を30分も登ったり下りたりするしかなかった。そのため現地の人々は撮影機材を陸路で運び、スタッフとキャストは小型ボートを使って移動した。快適なエアコン付きのトレーラーもなく、撮影隊がヤシの葉で作った小屋でキャストたちも過ごした。ジョヴォヴィッチはプライバシーを守ってくれる個室を諦めて、屋外でシャワーを浴びていた[8]

リリーが朝勃ちで大きくなったリチャードの陰茎を見て「腫れてる!」と驚くシーンでは、ブライアン・クラウズがジョヴォヴィッチを本当に驚かせようと、腰布の股間部分に大きな木片を入れて勃起状態を装っていた。ジョヴォヴィッチはそれを見て、台詞を言うのも忘れるほど爆笑してしまったという[6]。1990年9月10日付のスタジオのプレスリリースで、主要撮影が完了したと報道された。9月30日付の日刊紙『ロサンゼルス・タイムズ』では、頭上からヤシの実が落下してくる危険に備え、撮影スタッフがヘルメットを着用していたことを報じた[5]。なお、ラストシーンに登場する女の赤ちゃんは、グレアム監督の実の娘である[6]

興行

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1991年8月2日に公開されたこの映画は、1,100万ドル(2024年の紙幣価値で2,540万ドル程度)の製作費に対し、公開初週末の成績が127万7,428ドル、最終的な国際興行収入は280万7,854ドルとなり[2]、450万ドルの製作費で5,885万ドルもの興行収入[9]を記録した前作に遠く及ばない大失敗に終わった。

1999年10月5日にアメリカでリリースされた『青い珊瑚礁』スペシャル・エディションDVDに、スタッフ&キャストによるオーディオ・コメンタリーが収録された[10]。そこでランダル・クレイザーは「この映画の続編を作るのは、僕が望んだことではなかった」と言葉少なに残念さを滲ませており、脚本担当のダグラス・デイ・スチュワート英語版は「続編のシナリオを書く契約をしたけど、やりたかった別の映画と重なったので、企画から降りて他の人に席を譲ったんだ」と明かしている[4]

評価

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レビューアグリゲーターRotten Tomatoesでは、32件のレビューを集めながら支持率は0%、平均評価は2.7/10という異例の低評となり、前作よりも酷評されている。同サイトの総評は「豊かな熱帯の風景と魅力的な主演陣にもかかわらず、『ブルーラグーン』は前作同様の馬鹿げた映画だ。『青い珊瑚礁』にあった、罪悪感を伴うセックスの快楽と下品さや、意図せぬユーモアのセンスがこの作品には欠けている」というものだった[11]Metacriticでは17件の批評家レビューによる加重平均スコアが28点で、「概ね不評」となっている[12]

デゼレット・ニュース英語版』のクリス・ヒックスは「私が『ブルーラグーン』に関する話を聞いた時の反応は、なぜ? というものだった。しかし公平な映画評論家の私は、心を開いてこの映画を観ることにした。ところが最初の15分だけを観て、再び心を閉ざされてしまいました」と書いて、以下のように続けた。「牧師の未亡人サラと2人の子供が乗ったボートが漂流し、幸運にもブルック・シールズとクリストファー・アトキンズが前に暮らしていた島に辿りつく。大人のサラは雨に打たれて肺炎で死に、残された2人の子だけで成長し、ミラ・ジョヴォヴィッチとブライアン・クラウズの姿に成長すると互いのセクシャリティに気が付く。2人はセックスをして少女が妊娠する……この話は前にどこかで見たような?」と、ヒックスは前作の話をなぞっているだけの展開を揶揄した[13]

映画雑誌『エンパイア』の女性ジャーナリスト ミランダ・ソーヤー英語版もまた、ストーリー展開が前作と同一であることを冗談めかして指摘している。「風に揺れるヤシの木、貝殻が散らばるビーチ、時折聞こえてくる部族の儀式の音。ブルック・シールズとパーマヘアの男の若々しい肉体が、“オトナの世界の驚異”…そう、セックスの悦びを発見した場所だ。11年の歳月を経て作られた続編は―全く同じ話! ただし主人公はジョヴォヴィッチさんです」とソーヤーは綴り、2/5点を付けている[14]

ロサンゼルス・タイムズ』の記者ケヴィン・トーマスは、最初の43分だけ続編のふりをした『青い珊瑚礁』のリメイク作品だとレビューに書いている。「無人島で育った子供たちは自立できる年齢になるものの、それぞれ童貞処女のまま、彼らを育てた未亡人は都合よく肺炎で世を去る。ティーンエイジャーに成長した2人は理解できない思春期の悩みに翻弄され、恋に落ちたことに気付いて結婚式を挙げた後、PG-13指定に相応しいほど慎重な性交に辿りつく。中学生ぐらいなら割と楽しめるかも知れないが、製作兼監督のウィリアム・A・グレアムは、もっと懸命であるべきだった」と、トーマスは結論付けている[15]

『バラエティ』は、「ベテランTVディレクターのグレアムは、孤立した生活の感情を描き出すよりも、美しい映像を撮ることに満足している。ジョヴォヴィッチはファッション雑誌の表紙を飾る美貌に加え、良識と粘り強さを巧みに表現した。パートナーのクラウズは、まるで南カリフォルニアのビーチから抜き出てきたような風貌だ」と一定の支持をしながら、「1980年にヒットした映画の無意味なスピンオフ映画」とも書いている[16]

13歳でファッションモデルとして活躍していた頃のジョヴォヴィッチは、“新生ブルック・シールズ”と呼ばれてマスコミに持てはやされた[6]。そのシールズは、「ミラは私の2代目は嫌だとずっと言っていたのに、彼女のデビュー作は『ブルーラグーン』だったの。何だか気の毒だわ」と語った[4]

表彰

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脚注

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注釈

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  1. ^ ブルック・シールズは1999年に「私には続編の依頼は来なかった」と話している[4]
  2. ^ 1951年に他界したスタックプールの小説は、発行国のイギリスで2021年12月31日に著作権が失効した。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n ブルーラグーン”. 映画.com. 2025年10月28日閲覧。
  2. ^ a b c Return to the Blue Lagoon (1991)”. Box Office Mojo. 2025年10月28日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n Return to the Blue Lagoon Full cast & crew”. IMDb. 2025年10月28日閲覧。
  4. ^ a b c 『青い珊瑚礁』DVDオーディオ・コメンタリーより
  5. ^ a b c d e f Return to the Blue Lagoon (1991)”. AFI. 2025年10月28日閲覧。
  6. ^ a b c d e Return to the Blue Lagoon Trivia”. IMDb. 2025年10月28日閲覧。
  7. ^ The Blue Lagoon Trivia”. IMDb. 2025年10月28日閲覧。
  8. ^ a b “Blue Lagoon II”: To Hell and Back”. ロサンゼルス・タイムズ (1990年9月30日). 2025年10月28日閲覧。
  9. ^ 年間映画興行収入ランキング1980年〜”. TAP the POP (2019年8月13日). 2025年10月28日閲覧。
  10. ^ The Blue Lagoon (Special Edition)”. Amazon.com. 2025年10月28日閲覧。
  11. ^ Return to the Blue Lagoon”. Rotten Tomatoes. 2025年10月28日閲覧。
  12. ^ Return to the Blue Lagoon”. Metacritic. 2025年10月28日閲覧。
  13. ^ Film review: Return to the Blue Lagoon”. デゼレット・ニュース英語版 (1991年8月10日). 2025年10月28日閲覧。
  14. ^ Return To The Blue Lagoon Review”. エンパイア (1991年1月1日). 2025年10月28日閲覧。
  15. ^ MOVIE REVIEW : ‘Blue Lagoon’ a Contrived Remake”. ロサンゼルス・タイムズ (1991年8月2日). 2025年10月28日閲覧。
  16. ^ Return to the Blue Lagoon”. バラエティ (1990年12月31日). 2025年10月28日閲覧。
  17. ^ a b Return to the Blue Lagoon (1991) - Awards”. IMDb. 2025年5月5日閲覧。

外部リンク

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