フリスパ

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フリスパ
Χρύσπα
出生名 フリサンシ=パゴナ・ピトロプル
生誕 ギリシャの旗 ギリシャアテネ
(1982-12-07) 1982年12月7日(36歳)
出身地 ギリシャの旗 ギリシャ
ジャンル ライカ
職業 歌手
活動期間 2003年 -
レーベル Alpha Records(2003年)
Minos EMI(2004年 - )

フリスパギリシャ語:Χρύσπα / Chrispa)、本名:フリサンシ=パゴナ・ピトロプルΧρυσάνθη Παγώνα Πυτιροπούλου / Chrisanthi-Pagona Pitropoulou1982年12月7日 - )は、ギリシャアテネ出身の歌手である。

出自[編集]

フリサンシ=パゴナ・ピトロプルとして、1982年12月7日ギリシャの首都アテネで生まれた[1][2][3][4]。5歳のときにピレウスに移り、同地で音楽やダンスの経験をつみ始める。はじめは歌手になるつもりはなく、バレエを好んでいた[5]。13歳の頃、背が低かったことなどからバレエをやめ、学校で音楽を学び始め、歌唱やピアノ、ギターなどを習った[2][5]

歌手としてのキャリアの原点は18歳の頃であり、アイギナ島での夏のコンサートでソフィア・ヴォッスーSophia Vossou)と歌った。ヴォッスーはフリスパの声を高く評価し、これがきっかけとなってアルファ・レコーズとの契約に至った[5]。その能力はすぐに発揮され、スタマティス・ゴンディス(Stamatis Gonidis)やランビス・リヴィエラトス(Lambis Livieratos)、セミス・アダマンティディス(Themis Adamantidis)などの有名歌手のコンサートで歌うようになった[2]

音楽キャリア[編集]

2003年 - 2007年[編集]

2003年、21歳の時にアルファ・レコーズから初のアルバム『Tora』が発売された。アルバムからの最初のシングル「Esena Thelo」はヒット曲となり、音楽ビデオやリミックスも製作された[5]。2枚目のアルバムはセルフ・タイトルの『Chrispa』であり、2004年にMinos EMIから発売された。

2005年にはMinos EMIより再パッケージ版のアルバム『Chrispa 100%』が発売された。このアルバムには最初の2枚のアルバムに収録されたヒット曲に加えて、1つの新曲「Mou Kani Plaka O Theos,」が収録され、更にリミックス版や音楽ビデオクリップを納めたDVDも同梱された。このアルバムには、「An Den Ipirhes」や「Savvatokiriako」、「Fevgo Gia To 7」、「I Kolasi Eimai Ego」「Pali Tha Peis Signomi」などのラジオ・ヒット曲も収められている[5]。またこの年の夏にはジオルゴス・ツァリキス(Giorgos Tsalikis)やコンスタンディノス・フリストフォルーConstantinos Christoforou)ら、冬にはエリ・コッキヌーやアンドレアス・スタモス(Andreas Stamos)、コンスタンディノス・フリストフォルー、カロミラKalomoira)らと共演した[5]

2006年と2007年には更に2枚のアルバム、『Posa Hrostao』と『Kathreftis』がそれぞれ発売された[6]。後者からの最初のシングル「Mia Stigmi」も音楽ビデオクリップが製作された。

2008年以降[編集]

2008年には、ユーロビジョン・ソング・コンテスト2008ギリシャ代表選考に挑んだ[7][8][9]。国内選考に参加した楽曲はマリオス・プシモプロス(Marios Psimopoulos)が作曲し、アントニス・パパス(Antonis Papas)が作詞した楽曲で、「SOS For Love」という仮題が付けられたが[10]、後に曲名は「A Chance to Love」へと変更された[11]。楽曲は民俗風のもので、「オリエンタル・ダンス」と形容された[12]。歌詞はギリシャ語と英語の両方が使われていた[11]

2008年2月27日の決勝戦では、決勝まで残った3人うち最初に登場して「A Chance to Love」を歌ったが、視聴者投票のうち15.9%の得票率で3位に終わった[13]コスタス・マルティカスKostas Martakis)が2位、1位となったカロミラKalomoira)の「Secret Combination」はユーロビジョン2008では3位に入賞した[12]

2009年10月6日、フリスパの5枚目となるスタジオ・アルバム『Mehri Edo』が発売された。アルバムには、ステファノス・コルコリスStefanos Korkolis)作曲、レベッカ・ルッシ(Rebecca Roussi)作詞による11曲の新曲が収録された[14]

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

  • 2003年: Tora - チャート順位(ギリシャ):#49
  • 2004年: Chrispa - チャート順位(ギリシャ):#32
  • 2006年: Posa Hrostao - チャート順位(ギリシャ):#1、ゴールド・アルバム(ギリシャ)
  • 2007年: Kathreftis - チャート順位(ギリシャ):#6
  • 2009年: Mehri Edo

CDシングル[編集]

  • 2004年: "Mou Kani Plaka O Theos"
  • 2007年: "Diki Sou Gia Panta" (Remix)
  • 2008年: "A Chance to Love"

脚注[編集]

  1. ^ Staff (2010年1月10日). “Άλλαξαν το όνομά τους για την καριέρα” (Greek). Madata.gr. 2010年1月11日閲覧。
  2. ^ a b c Βιογραφία - Χρύσπα”. MAD TV. 2008年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月22日閲覧。(ギリシア語)
  3. ^ Sideris, Nasos (2008年12月11日). “Χρύσπα Ριζικές αλλαγές” (Greek). Yupi.gr. 2009年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年10月17日閲覧。
  4. ^ Χρύσπα”. gossip-tv.gr. 2010年2月11日閲覧。
  5. ^ a b c d e f Βιογραφία - Χρύσπα”. Music.net.cy. 2008年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月22日閲覧。(ギリシア語)
  6. ^ Greek Eurovision gathers pace”. London Greek Radio. 2008年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月18日閲覧。
  7. ^ Hryspa Selected products”. info-grece.com. 2007年12月30日閲覧。
  8. ^ ERT announces the national final participants”. Oikotimes. 2010年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月30日閲覧。
  9. ^ Greece: National final participants announced”. ESCToday. 2007年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月30日閲覧。
  10. ^ Chrispa to sing 'SOS For Love'; title to change”. Oikotimes. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月23日閲覧。
  11. ^ a b Chrispa decided 'A Chance To Love'”. Oikotimes. 2010年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月28日閲覧。
  12. ^ a b National Final, February 27, 2008, Ellinikí Radiofonía Tileórasi (ERT).
  13. ^ Konstantopoulos, Fotis (2008年3月7日). “ERT and Kalomira in conflict?”. Oikotimes. 2011年5月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年8月13日閲覧。
  14. ^ Ioannou, Nektarios (2009年10月8日). “Ψαλμωδίες αντί Χρύσπα” (Greek). Sigma Radio TV. 2011年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年10月8日閲覧。