ピエール・セリス

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ピエール・セリス(Pierre Celis、1925年3月21日 - 2011年4月9日)は、ホワイトビールを復活させ、その後もビール醸造に貢献したベルギーの人物。

人物[編集]

ベルギーのヒューガルデン(w:Hoegaarden)村に生まれる。その昔同村で醸造されていたホワイトビール(オランダ語: witbier)というスタイルビール1966年に復活させ、ヒューガルデン・ホワイト(Hoegaarden White)と名付ける[1]。このビールが当時のベルギーで流行したため、ホワイトビールがベルギー全土に定着したことは彼の功績であると言っても過言ではない。

セリスは1966年にド・クレイス(De Kluis)醸造所を設立。しかし、1985年に火事で多大な被害を受ける。自力での復旧は困難であったため、1989年に同醸造所は インターブリュー社(現在のインベブ社)の傘下に入る(後にセリスはこのことでヒューガルデンの味があまりに変わってしまったと語っている[要出典])。

1992年にはアメリカ合衆国テキサス州オースティンセリス醸造所の設立に関わり、セリス・ホワイト(Celis White)等の醸造を行う。セリス醸造所も1995年ミラー社に買収され、その後閉鎖された。

現在は、ヨーロッパ向けにはベルギーのヴァン・スティーンベルグ醸造所で、アメリカ向けにはミシガン・ブルーイング・カンパニーがライセンスを取得し[2]、生産されている。

日本でもベルギーで醸造されたセリス・ホワイトを飲むことができる。

2011年4月9日、のため死去[3]。86歳没。

ピエール・セリス醸造のビール[編集]

2006年11月現在、ピエール・セリスが醸造したビールは次の通りである。

ホワイトビール[編集]

その他のスタイル[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]