ヒンリヒ・ローゼ

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ヒンリヒ・ローゼ

ヒンリヒ・ローゼHinrich Lohse 1896年9月2日 - 1964年2月25日)は、ドイツの政治家。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の大管区指導者の一人。第二次世界大戦中にはオストラント総督(de:Reichskommissariat Ostland)を務めていた。

略歴[編集]

プロイセン王国シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ミューレンバルベクde:Mühlenbarbek)で農家の息子として生まれる。1913年からハンブルクのブローム・ウント・フォス造船所の従業員として働く。第一次世界大戦中の1915年9月23日から負傷するまでの1916年10月30日にかけては出征した。

1923年に国家社会主義ドイツ労働者党に入党。1925年3月27日にはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン大管区指導者となる。1928年と1929年の間にかけてハンブルク大管区指導者の地位も兼任した。1932年7月の選挙で国会議員となる。後の1933年のナチス党の政権掌握後は、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の州総督(Oberpräsident)となった。1942年にはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン国家防衛委員de:Reichsverteidigungskommissar)となる。

1941年7月17日に、オストラント国家弁務官(総督)(de:Reichskomissar)に就任し、1944年まで務めた。ラトビアにおけるゲットー建設にハンス・アドルフ・プリュッツマンと共に責任を負う。 1945年5月6日に、カール・デーニッツによってシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の最高責任者から解任された。

戦後まもなくイギリス軍によって逮捕された。1948年に刑務所内で懲役10年に刑を宣告されたが、病のため1951年に釈放された。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州総督時代の年金はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州議会によって撤回された。1964年2月25日に死去するまでミューレンバルベクで余生を過ごした。

参考文献[編集]