パリ条約 (1900年)

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パリ条約(パリじょうやく、フランス語: Traité de Paris)は1900年6月27日に締結された、スペインフランスの間の条約。条約によりリオ・ムニでの両国の植民地の境界が定められた[1]。スペインはウバンギ川から東の30万平方キロメートルの領土を主張したが、条約では2万6千平方キロメートルしか認められなかった[2]。また、スペインがリオ・ムニでの植民地を放棄した場合、フランスの優先権も定められた。

脚注[編集]

  1. ^ Scafidi, Oscar (2015-11-20). Equatorial Guinea. p. 148. ISBN 978-1-84162-925-4. https://books.google.com/books?id=1engCgAAQBAJ&pg=PA148. 
  2. ^ William Gervase Clarence-Smith, 1986 "Spanish Equatorial Guinea, 1898-1940", in The Cambridge History of Africa: From 1905 to 1940 Ed. J. D. Fage, A. D. Roberts, & Roland Anthony Oliver. Cambridge: Cambridge University Press. アーカイブされたコピー”. 2014年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月23日閲覧。