パウロ・ローシャ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はソアレス第二姓(父方の)はダ・ローシャです。
パウロ・ローシャ
Paulo Rocha
生年月日 (1935-12-22) 1935年12月22日
没年月日 (2012-12-29) 2012年12月29日(77歳没)
出生地 ポルトガルの旗 ポルトガル ポルト
死没地 ポルトガルの旗 ポルトガル ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
職業 映画監督
活動期間 1959年 - 2012年
配偶者 1959年 助監督
1963年 映画監督デビュー
主な作品
青い年

パウロ・ソアレス・ダ・ローシャ(Paulo Soares da Rocha,GOIH 1935年12月22日 - 2012年12月29日)は、ポルトガルポルト出身の映画監督である。

人物・来歴[編集]

1935年(昭和10年)12月22日、ポルトガルのポルトに生まれた[1]

リスボンで法律を学んでいたが中断し、パリ高等映画学院で映画製作を学んだ。その後、ジャン・ルノワールマノエル・デ・オリヴェイラの助監督を務めている[1]

1963年(昭和38年)、長編劇映画『青い年』を発表し、映画監督としてデビューした[1]。同作は、1964年(昭和39年)、ロカルノ国際映画祭で銀帆賞を獲得した[1]。ポルトガルのヌーヴェルヴァーグである「ノヴォ・シネマ」の代表的人物とされた。

日本公開作品は少ないが、晩年までポルトガルでコンスタントに作品を発表していた。

主なフィルモグラフィ[編集]

助監督
監督
出演

[編集]

  1. ^ a b c d #外部リンク欄、Paulo Rocha (英語), Internet Movie Database, 2009年10月19日閲覧。二重リンクを省く。

外部リンク[編集]