ノート:横路孝弘

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静岡空港、杉村太蔵[編集]

「概要」中の静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている。という記述は、横路孝弘の業績とはさほど関係のないものであり、表示する必要があるのか疑問です。静岡空港の項目に賛成・反対の政治家を列挙すれば足りるのではないかと思います。また、「略歴」中の同年被選挙権得た長谷川岳も無所属で出馬したが落選。杉村太蔵は当時同区内の高校2年生という記述も、やはり横路孝弘とはさほど関係のない内容であり、長谷川、杉村のポジションを鑑みても、横路孝弘の項目で特記すべき事項とは思えません。この2点について削除したいと考えますが、いかがでしょうか。--深沢明人 2008年2月15日 (金) 15:26 (UTC)[返信]

(反対)政治家が政治的意見として表明した内容を、本人の記事に記載してはいけない理由がわかりません。少なくとも「関係ある」「関係ない」というだけの、あなたさまの検証可能性のない主張だけでは当否についてコメントのしようもありません。Wikipediaの方針文書を熟読のうえ記事の編集を行うよう希望します。--Sargasso Sea 2008年2月16日 (土) 02:57 (UTC)[返信]
記載してはいけないと主張しているのではありません。記載すべき事項かどうかという取捨選択の判断について、意見を求めているのです。ウィキペディアの方針については承知しているつもりですが、では中立的な観点で書かれ、検証可能性が担保され、独自研究でもないとすれば、その項目に関するあらゆる事項を記述すべきであり、削除は許されないのでしょうか。ウィキペディアは百科事典ですから、当然そこには百科事典にふさわしい記述にするための情報の取捨選択が行われるべきだと思います(Wikipedia:ウィキペディアは何でないかの「ウィキペディアは単なる知識ベースではありません」をご参照下さい)。「横路孝弘」という項目に、静岡空港や杉村太蔵の情報がふさわしいのかどうかということです。ふさわしいかどうかというのは主観的な問題ですから、ここに検証可能性を持ち出すのはいささか筋違いではないかと思います。--深沢明人 2008年2月19日 (火) 15:38 (UTC)[返信]
(コメント)あなた様が「ふさわしいかどうかというのは主観的な問題」と言った瞬間に結論は出ております。編集根拠が提示できない時点で検証可能性が担保されておりません。Wikipediaの方針文書を熟読することをお勧めします。--Sargasso Sea 2008年2月19日 (火) 16:15 (UTC)[返信]
疑問は残りますが、反対意見があるのに削除を強行するつもりはありません。静岡空港については撤回します。杉村大蔵についてはいかがでしょうか。--深沢明人 2008年2月29日 (金) 10:02 (UTC)[返信]

中学時代[編集]

>中学時代、交通事故で大怪我を負う(そのため16歳で義務教育修了)。

と書かれている部分を訂正しました。日本の学校制度では、義務教育終了が16歳というのはありえませんし、「修了」という漢字を使ってみても、法律上、課程主義ではないのですから、分かりにくくなるだけです。数年前の版までは「公立中学を4年間で卒業」となっていて、特に問題がなかったのですが、なぜか書き換えられました。この情報源を検索しても見つかりませんでしたが、もし本人が「16歳で義務教育を修了した」と書いていたのならば、それは尊重すべきでしょうが、やはり記事では正確に書くべきです。また、「怪我を負った」ことと「卒業まで4年間掛かった」ことはつながりますが、「怪我を負った」ことと「16歳で卒業した(義務教育を修了した)」ことはつながりません。--ULDwejmZzv6F 2009年9月29日 (火) 06:38 (UTC)[返信]

先日、本人の事務所に電話して「卒業まで4年間掛かったこと」と「16歳で卒業したこと」の確認が取れましたので、追記しました。--ULDwejmZzv6F 2010年1月16日 (土) 13:34 (UTC)[返信]

議会開設120周年記念式典[編集]

議会開設120周年記念式典に関する段落で「唯一陛下に礼をしない態度を取った」(加筆は124.25.195.67氏、出典追加はサンダース大佐氏)との記述は事実に反するとお問い合わせ連絡先に公式メールアドレスで訂正を求めるメールが届いたので要検証範囲をはりました

出典として付記されている産経新聞の記事に該当する文章はありません。また連絡によればこの写真における礼をしていない人物(最前列左)は別人であり、横路氏は、天皇陛下を車寄せまでお出迎えした後、ご案内のため陛下の前方を歩いていて、この写真に写る位置にはいなかったとのことです。ちなみに、写真に写っている人がだれであれ、「礼をしていない」というより、天皇陛下に礼をしたあと陛下が通り過ぎられたので、皇后陛下が前にこられたら改めて頭を下げられるようにいったん頭をあげたという場面ではないかと思いますが。

以下は公式メールアドレスからお知らせいただいた「当日の式典次第(抄)」です。

「午前十時四十分天皇皇后両陛下が国会議事堂にお着きになる。
衆議院参議院の議長、参議院副議長及び衆議院参議院の式典委員長がお迎えする。
次に天皇皇后両陛下が御休所にお入りになる。
衆議院議長が前行し、宮内庁長官その他の供奉員並びに参議院議長、参議院副議長が随行する。

よって、ほかに信頼できる情報源がなければ「唯一陛下に礼をしない態度」の段落は除去すべきであろうと考えます。--miya 2011年1月26日 (水) 23:16 (UTC) 微修正--miya 2011年1月26日 (水) 23:21 (UTC)[返信]

(報告)存命人物であるため、1週間を待たずに除去しました。--miya 2011年1月28日 (金) 01:03 (UTC)[返信]

「総務委員会(中略)議事を行った」について出典が一切ありません。また証拠としてあげられた写真はすでに別人であるとの反論がなされているので一旦除去しました。慎重に扱うべき記述です。--Deveropmen 2011年2月8日 (火) 11:35 (UTC)[返信]

大喪の礼[編集]

また2011-01-16にすでに除去されている個所ですが、上と同じメール内で 昭和天皇大喪の礼欠席と金日成主席葬儀出席125.204.117.64氏による2010-11-30T20:49加筆)も「事実に反する」と指摘があったことをお知らせします。北海道知事時代の日程は北海道新聞に「横路知事動静」欄があり、大葬の礼当日(89年2月24日)は「葬場殿の儀、大葬の礼に出席」、金日成主席の国葬当日(94年7月19日)は東京出張中であることが記載されているとのことです。--miya 2011年1月26日 (水) 23:36 (UTC)[返信]