ノート:早稲田大学西早稲田キャンパス

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早大理工関連記事の統合について[編集]

統合提案です。現在、早稲田大学西早稲田キャンパス早稲田大学理工学術院早稲田大学理工学部早稲田大学理工学研究科という4つの記事が存在していますが、2016年時点で早大理工関連の組織として現存しているものは理工学術院のみです。また、そ西早稲田キャンパスに設置されているのも理工学術院が統括する学部・研究科(大学院)のみで、施設情報や沿革など多くの部分が一致しています。現在のように各々が別に立項されている状態では、必要以上に情報が分散しているように見え、Wikipedia:ページの分割と統合#統合の検討にある「1つのページ中で一緒に解説すべきにも関わらず、必要以上に細切れにされてページが作られている場合」に該当します。そこで、これらの記事の統合を行いたいと考えているのですが、案としては

の2通りを考えています。案1に関しては、利用者:Tatawidepine/sandbox/早稲田大学西早稲田キャンパスでその立項例を示しております。皆様のご意見、お待ちしております。--Tatawidepine会話2016年12月2日 (金) 23:39 (UTC)[返信]

各組織の関係ですが、「理工学部」は2006年度まで設置されていた学部、「理工学研究科」は理工学部の大学院です。2007年度よりこの2者は基幹理工学部/研究科、先進理工学部/研究科、創造理工学部/研究科の6組織に分割され、いずれも新設された「理工学術院」の傘下に置かれることとなりました。また、西早稲田キャンパスには理工学術院関係の施設のみが設置され、理工学術院の本部もそこに所在しています。--Tatawidepine会話2016年12月3日 (土) 00:02 (UTC)[返信]
  • 反対  統合提案そのものに反対です。最高学府であろう東京大学(Template:東京大学を参照)や、学生数規模で日本最大の日本大学(Template:学校法人日本大学の学校を参照)を見ればわかるように、ほぼ学部や研究科ごとに独立したページを有しています。早稲田は規模とレベルを考え合わせてみても学生数では日本大学についで2番目でありレベル的なものでも私学の中で最高水準の大学です。よって東京大学や日本大学の例と比較すれば「1つのページ中で一緒に解説すべきにも関わらず、必要以上に細切れにされてページが作られている場合」には該当しないのは明らかです。それと「理工学術院」というのは日本では珍しい名称でしょうし、社会一般ではほとんど知られていないと思いますから(私もこのページを見るまで「学術院」という名称を知りませんでした)なおさら独立記事としての価値は高いでしょう。--Manabuohara会話2016年12月8日 (木) 08:58 (UTC)[返信]
  • ありがとうございます。早大の学部・研究科ごとに独立した記事を立項すべきと仰る理由については私も同意致しますが、何点か反論があります。
1つめです。Template:東京大学を確認致しましたが、Template上では別リンクとなっていても、実際の各記事では東京大学大学院総合文化研究科・教養学部東京大学大学院医学系研究科・医学部などのように学部と研究科が同じ記事でまとめられており、各項の冒頭で「医学部と医学系研究科は一体となって運営されているため、この記事で合わせて解説する。」のように理由が明示されています(日大もほぼ同様の記名法です)。早稲田大学でも学部と研究科の関係は同じで、これら2者は学術院という組織の元で一体的に運営されています。すなわち、東京大学で「○○研究科・○○学部」と中黒を含めた表記は、早稲田大学においては「○○学術院」と言い換えられるということです。3理工以外の例を示しますと、早稲田大学法学学術院は、法科大学院(ロースクール)、法学研究科(法学部の大学院)、法学部の3組織を傘下に置いています。東大と日大の例に倣うならば案2の統合案で十分ではないでしょうか。
2つめです。現在、早稲田大学に「理工学部」「理工学研究科」(以下、旧理工)は存在しておらず、基幹理工学部、基幹理工学研究科、先進理工学部、先進理工学研究科、創造理工学部、創造理工学研究科と、いずれの学部とも直接的な関係のない研究科が3つの合計9組織に分割されています。しかし、現在の体制になったのは2007年4月のことであり、全ての組織の記事を単独で立項するにはまだまだ情報量が足りず、旧理工との繋がりまで説明する必要が発生します。現状の記事の状況としては、現存しない旧理工の2記事で現存する団体の説明をしており、不適切です。そこで、旧理工の後継である理工学術院の記事ですべてまとめて説明しようと提案したのが案2なのです。
3つめです。キャンパス記事まで統合すべきと提案しているのは、西早稲田キャンパス自体が1960年代竣工と歴史の浅いキャンパスであり、早稲田大学早稲田キャンパス東京大学本郷地区キャンパスなどと違って理工学術院(とその傘下にある組織)しかありません。これによりキャンパスと理工学術院でそれぞれの記事を立項するには不十分と考えたものです。(私も指摘を受けて確認しました)日本大学は研究科・学部毎に所在地が異なっていますが、キャンパスの記事がそれと別に立項されているということはありません。これに倣えば、西早稲田キャンパスの記事と理工学術院の記事を併存させる必要はなく、案1で十分と考えられます。
以上です。またご意見があればお願いします。--Tatawidepine会話2016年12月9日 (金) 00:42 (UTC)[返信]
  • (賛成) 但し案2に対する票として。学部・研究科とも理工学術院という一つの体系だった組織の中に属し、一体的な教育・研究が行われており、所属研究者らも「学術院教授」などとなっております。これらは同一の記事の中で説明するのが望ましいでしょう。キャンパスの記事については、1学術院下の3学部と6研究科しか属していないとしても別物であるという事実に変わりはありません。もっと言えばうち3研究科はこのキャンパスには存在せず、学術院=キャンパスの関係には必ずしも立つものではありません。3学部体制になったのは確かに近年になってからのことですが、約150度の低温度下で水素生成に成功するとかタンパク質機能推定の有用性の実証とか結構面白い研究はやってると思いますがね。わざわざ単独記事を消し去る必要性は薄いでしょう。要はなくても良いがあっても差し支えないということです。1967年からあればキャンパスにもそこそこ歴史が詰まっていると思います。その前は何があったのかとかなぜ選ばれたのかとか調べてみたら面白いのではないでしょうか。せっかくこの記事に手をつけようと思われたのですから、歴史が浅いとバサっと切り捨ててしまう前に大学が分厚い大学史の本を出してますので国会図書館ででも研究されてみるのも記事を育てる楽しみがありそうだななんて感じませんか-落ち穂拾いする人(Talk) 2016年12月20日 (火) 13:16 (UTC)[返信]
  • ありがとうございます。ご指摘の通り、一部の研究科が西早稲田キャンパスに所在していないということはもちろん、西早稲田キャンパスの用地が陸軍戸山ヶ原射撃場を前進に持つことから、大学史・新宿区史いずれにおいても重要な役割を果たしているという事実は、キャンパスの記事を統合の対象に含める必要がない理由として十分足りるものです。今回のご指摘はこの統合提案に関する議論の中でも大変有意義なものです。3理工に関しては、当面の間理工学術院の記事の中で説明し、単独立項に足る情報を集められた時点で分割したいと思います。統合提案の見直しも検討致します。--Tatawidepine会話2016年12月21日 (水) 05:43 (UTC)[返信]

統合提案の見直し[編集]

案1を取り下げ、

の1案のみの提案としたいと思います。案1を取り下げた理由に関しては、現在の西早稲田キャンパスの敷地が新宿区史においても重要な役割を果たすことと、理工学術院が保有する施設の一部が西早稲田キャンパス外に所在するため、西早稲田キャンパスの単独立項を解消する必要はないと判断したためです。その他の統合提案について変更はありませんが、先述したmanabuoharaさんに対する返信の「1つめ」「2つめ」を改めて確認していただければと思います。これにより西早稲田キャンパスの記事は統合提案と無関係になりましたが、議論は引き続きこのノートで行いたいと思います。--Tatawidepine会話2016年12月21日 (水) 05:56 (UTC)[返信]