ノート:大隈講堂

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「地下部分は日本大学が抵当権を押さえている。」とはどういう意味でしょうか? 大隈講堂の建っている土地に抵当権を設定している、という意味?(改修資金を借りたといった事情なのでしょうか。背景について説明がほしいところです) --忠太 2007年7月20日 (金) 14:34 (UTC)[返信]

外観デザイン[編集]

時計塔や外観について。 ストックホルム市庁舎、クロンボー城、オックスフォード市街のタワーやマグダレンタワーに似ている、の表記について、個人的なブログや早稲田や海外の学生間の会話などで見たり、小耳に挟んだりしたことがありますが、主観的なものです。削除した方が良いでしょうか?早稲田の見学ツワーなどでは、オックスフォードの時計塔に似ているとは、説明があるようです。確かに、実際画像などで見てみると、ストックホルム市庁舎にも似ているし、マグダレンカレッジの時計塔とも似ていますし、クロンボー城にも似ています。まだまだ、似ている建造物は山のようにあると思います。一例として、残しておきたいとも思います。主観がたくさん賛同を得られれば、今度は客観性にもなります。早稲田大学自体イギリスやドイツを中心とした欧州の影響を受けている大学です。どうでしょうか?「大学の見学ツワーでは、オックスフォードの時計塔に似ている、とガイドしている」ぐらいの保守的な記述の方が良いでしょうか。  (以上、2016年10月22日 (土) 16:59‎ 14.193.192.43氏による。--忠太会話2016年12月28日 (水) 12:57 (UTC)付記)[返信]


「ストックホルム市庁舎説」は、読売新聞の「建築懐古録」に書いてありましたので、注釈に入れました。読売記者(佐藤公則氏)が取材時にそういう説明を聞いたのでしょう(初出は1989.12.4)。その他、以下の記事・発言があります。

  • 中川武氏(博物館明治村館長、早稲田建築学科教授)は大隈講堂について、「理想や宇宙への希求といった自由な精神の鼓舞を目指したロマン主義的建築と言えよう。(略)今世紀ヨーロッパの最も美しい建築の一つと呼ばれたストックホルム市庁舎(エストベリィ設計)の特質に近いものである」と述べています。『早稲田建築』(1981.11)p38。
また『建築20世紀』(新建築臨時増刊、1991.1)の「大隈講堂」の項には「全体に北欧ナショナル・ロマンティシズムの影響を受けている」とあります(たぶん中川武氏の執筆箇所)。「北欧ナショナル・ロマンティシズム」といえば、ストックホルム市庁舎はその代表作です。
  • 長谷川尭氏(早稲田出身の建築評論家)は、佐藤総合計画会長・佐々木群氏との対談の中で、「大隈庭園から眺めるエレベーションが実にいいんです。明らかにエストベリの影響があります。」と言っています。(『素顔の大建築家たち 2』建築資料研究社、2001年、p161)
(以下余談)
  • オックスフォードのタワーについて、いい画像が見つかりませんでしたが、あまり似ていないような…。また、坪内逍遙やシェイクスピアを持ち出すのは思いつきでしょう。思いつきでよければ「イギリス流議会主義にちなんでウエストミンスター宮殿を模した」と言った方がマシだと思います。
  • デザインを担当したのは佐藤武夫で、早稲田大学を出て助教授になったばかりの頃、恩師の佐藤功一から大隈講堂の設計を任されます。当時の回想によれば「25、6才の青二才にあの講堂のデザインを殆んど、スタイルはチュードル・ゴシック風にという指示を与えられただけで任せ切りにされた」ということです(『佐藤武夫作品集』p96)。(佐藤武夫自身はおそらく、「○○を模した」といった発言はしていないと思います)

 --忠太会話2016年12月28日 (水) 12:57 (UTC)[返信]