ノート:便衣兵

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南京大虐殺論争[編集]

便衣兵という言葉自体が南京大虐殺の否認説以外では見かけないものだが、南京大虐殺論争の議論を免れるためにこちらで否認説の宣伝をするのは適切ではない。johncapistrano 2006年4月1日 (土) 20:53 (UTC)

便衣兵処刑問題は研究者間議論で事実存在する論点で、否認説の宣伝ではない。12.6.56.178 2006年4月1日 (土) 21:32 (UTC)

初版から否認説の宣伝だったが、あなたの編集も同じでしょう。否認説の宣伝でないというなら否認説でない論者の意見も載せるべき。johncapistrano 2006年4月1日 (土) 21:44 (UTC)

便衣兵処刑が虐殺にあたるか否かの論点は肯定派と否定派間の議論であり、そもそも記述では論点の提示のみで両サイドの主張に踏み込んだものではない。12.6.56.178 2006年4月2日 (日) 04:54 (UTC)

>便衣兵という言葉自体が南京大虐殺の否認説以外では見かけないものだが
中間派の秦郁彦も「便衣兵」という言葉を使用していますよ。「文芸春秋」(2006年9月特別号)で「昭和の戦争 七つの真実」における保阪正康との対談で使用しています。--経済準学士 2006年8月28日 (月) 15:01 (UTC)

たしかに南京大虐殺肯定論者は便衣兵という言葉を嫌い積極的には使わない傾向があります。それは、捕虜の処刑(もしかしたら違法だったかもしれない)の正当化にたびたび使われるから嫌がられるのだとも言われます。いずれにしましても、便衣兵に関する情報が少な過ぎるままで保護がかかったことには異論があります。もう少し中立的な情報が列挙されるた上で保護されるべきです。--210.209.207.32 2007年5月27日 (日) 04:47 (UTC)

南京においては日本軍の便衣兵がいましたので記載されている内容は間違っています。——以上の署名の無いコメントは、125.199.144.218ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2008年5月11日 (日) 06:13 (UTC) に投稿したものです。

保護された事だし[編集]

便衣兵に詳しい方はこの機会に督戦隊を執筆されては如何でしょうか。当時既に中国戦線から帰還した日本兵の間でそういうものがあると噂になっていたようですから是非。--代言人(!) 2006年4月7日 (金) 02:47 (UTC)

幕府山に関する捕虜虐殺があったのかなかったのかについても議論があるようです。こちらは手続き上は明らかな捕虜であって便衣兵ではありませんから、南京大虐殺肯定論者の格好の研究材料になっています。虐殺肯定論者、否定論者で積極的に情報集積をされ、執筆されることが望まれます。この事件は早々に事件の名称を確定する必要があります。幕府山事件といえば捕虜の虐殺があったとされる下関埠頭とはかなり離れており適切ではありません。一方、下関虐殺といえば他の事件郡との区別がつきにくくなります。なんと呼ぶべきなのでしょうか。--210.209.207.32 2007年5月27日 (日) 04:47 (UTC)

保護解除に向けて[編集]

日中戦争(特に南京大虐殺)に関する言及を巡って、編集合戦が起こり、編集保護となりました。不記載派は「便衣兵という言葉自体が南京大虐殺の否認説以外では見かけない」「否認説の宣伝」としているが、中間派である秦郁彦が使用しているため、上の意見は不記載の理由とすることはできません。よって、記載可能とすることで合意とし、保護解除依頼をしようと思います。--経済準学士 2007年10月21日 (日) 17:34 (UTC)

反論がないため、記載可能とすることで合意といたします。--経済準学士 2007年11月14日 (水) 14:55 (UTC)

この編集で改竄されていたので戻します。不記載派などと書かれる覚えはない、中立的な観点に沿って出典を明記するように注意しているのみ、です。お間違えのないよう。中間派などというのは否認説の間の違いであって適切な出典がなく地の文で否認説の宣伝をすることが不適切なことに変わりはない。日本側の「便衣隊狩り」の主張なら沢山あるようだが、現行記述が不適切なことに変わりなし。johncapistrano 2008年1月17日 (木) 14:38 (UTC)

何が改竄なのか、全般的に説明不足で言われんとしていることがよく理解できません。 2008年1月18日 (金) 19:43 (UTC) 投稿ブロックの方針3.5により削除。--大六天 2008年3月6日 (木) 02:42 (UTC)

要出典

  • 「軍人・兵士が一般市民と見分けのつく服装をしなければならない」。と書いてある出典を示してください。
  • 青壮年は全て敗残兵または便衣兵とみなし、全てこれを逮捕監禁すべし。と命令が出てますがこれに対して厳正な摘出を行ったとする出典を示してください。はじれす 2008年2月5日 (火) 13:11 (UTC)
  • ハーグ陸戦条約付属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」の第一章 交戦者の資格 2.「遠方から識別可能な固有の徽章を着用していること」より編集されたものと思われます。
  • 査閲の方法は、第十六師団参謀長・中沢三夫氏の『極東裁判における宣誓供述書』によれば、「日支合同の委員会を構成し日支人立会の上、一人宛審問し又は検査し、委員が合議の上、敗残兵なりや否やを判定し、常民には居住証明書を交付し、 敗残兵と認定された者は之を上海派遣軍司令部に引き渡した」『南京戦史』P387 2008年2月12日 (火) 11:28 (UTC) 投稿ブロックの方針3.5により削除。--大六天 2008年3月6日 (木) 02:42 (UTC)
はいはい、その『南京戦史』は偕行社編纂で、肝心の社も残虐行為の存在は認めている事をご承知で?--124.155.16.97 2008年2月23日 (土) 06:23 (UTC)
→ハーグ陸戦条約で定義される軍人・兵士とは第一条において「遠方からも判別できる固定された標章を着用していること。」が条件です。(実際上は軍服と国旗などの所属章です。) 参考:戦闘員, ハーグ陸戦条約--218.221.244.161 2008年7月4日 (金) 20:52 (UTC)

中国の便衣隊についての出典[編集]

「中国軍は退却に際しては所謂「清野戦術」を採り、所在の重要交通機関および建造物も破壊、焼却を行わせたのみならず、一部の将兵はいわゆる便衣隊となって、軍服を脱ぎ平服を着て残留し、我が将兵を狙撃し、我軍の背後を脅かす者も少なくなかった。尚、中国には所謂便衣隊なるものがあって、敗残兵は平服を着、密かに日本兵に近づいてこれを狙撃する。日本兵はこの便衣隊の襲撃に上海戦以来非常に悩まされていたのであるが…」(東京裁判:弁護側最終弁論)  2008年2月12日 (火) 13:30 (UTC) 投稿ブロックの方針3.5により削除。--大六天 2008年3月6日 (木) 02:42 (UTC)

その文章が出ている書籍を出版社・編纂者明記で挙げて下さい。--220.157.206.9 2008年2月29日 (金) 03:29 (UTC)

「荒らし」にご注意[編集]

この項目はWP:Peaceの長期荒らしの対象となっております。Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Peace#関連記事参照。この「荒らし」は今後も繰り返される可能性があります。再出現の際はWikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Peace#編集傾向を読んでWikipedia:管理者伝言板/投稿ブロック#Peace系に報告なさることをお薦めいたします。確認済みの無期限ブロックの名義はバックファイアーの二つ。すでにご認識と存じますが、後日の新規参加の方のために一筆啓上。--大六天 2008年3月6日 (木) 02:42 (UTC)