ノート:スレブレニツァの虐殺

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ウィキプロジェクト 東ヨーロッパ (記事品質: 良質な記事クラス)
Eastern-Europe-map2.svg この記事「スレブレニツァの虐殺」は、東ヨーロッパ諸国を対象としたウィキプロジェクトであるウィキプロジェクト 東ヨーロッパの関連記事です。
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秀逸選考につき[編集]

Wikipedia:秀逸な記事の選考/スレブレニツァの虐殺に推薦されているのを拝見しました。せっかくですので秀逸を目指してこれから加筆・強化してまいりたいと思います。秀逸入りに向けて、忌憚無くご意見をいただければと存じます。--Peccafly 2008年10月17日 (金) 13:09 (UTC)

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スレブレニツァの虐殺[編集]

(ノート) 賛成/条件付賛成/保留/反対 0/0/0/1 この項目の選考期間は、2009年1月5日 (月) 04:28(UTC)(2009年1月5日 (月) 13:28(JST))までです。

《推薦理由》 日本人にとって、なじみのない事件かもしれませんが、アドルフ・ヒトラーによるホロコースト、南京事件、合衆国による原子爆弾の投下、ポル・ポトの虐殺と同様に、後世語り継がれるべき事件だと思います。虐殺の始まりから裁判の経過まで、丹念に記事は書かれてあり、また、脚注によるマークアップも十分です。その上で、推薦させていただきます。--Tantal 2008年10月5日 (日) 04:28 (UTC)

  • (コメント)まず目に付くところですが、脚注にTemplate:Cite webのエラーが散見されるので、この修正が必要でしょう。同じく脚注で赤リンクも多数ありますが、基本的に内部リンクは不要かと思います。--かぼ 2008年10月9日 (木) 14:20 (UTC)
  • (コメント)記事分量は多いのですが、ちょっと読みづらいです。少なくとも、冒頭に概要および虐殺認定の話がありますが、これを整理し別節にするなどの必要があるかと思われます。--Los688 2008年10月11日 (土) 10:36 (UTC)
  • (コメント)投稿者です。こちらに推薦されているのを発見して参りました。これより、すこしづつですが、私も出典の強化と記述の整理をして行きたいと思います。--Peccafly 2008年10月17日 (金) 13:07 (UTC)
  • (コメント)さしあたって、冒頭文の一部を移動し、概要と年表の追加、出典の追加と整理、その他微少な加筆と修正を致しました。秀逸に向けて足らざる点がございましたら、更なるご意見をいただければと思います。--Peccafly 2008年10月23日 (木) 14:01 (UTC)
  • 反対)記事分量も多く内容的にある程度充実しているのはわかりますが、いくつか気になる点があるのでそれを。
  1. 脚注(出典)のアルファベットの多さ - 海外における出典ばかりで、多くの日本人ウィキペディアン日本語話者による編集者にとって検証が難しくなっている。この虐殺事件への日本語による文献がもっと欲しい。
  2. 中立性が保たれているかどうか? - 異なる視点からの言及や検証が少ない。ただでさえ民族にかかわる虐殺事件はデリケートな問題。--Annogoo 2008年11月26日 (水) 20:52 (UTC) 一部修正--Annogoo 2008年12月14日 (日) 12:22 (UTC) 一部修正--Annogoo 2008年12月25日 (木) 18:45 (UTC)
  • (コメント)Annogooさん:
1点目についてですが、日本語の出典はあまり多くないものの、出典を追加することはできます。しかしながら、ICTYやICJの訴状や判決文など、日本語文献を使うことのできない、多くの貴重な情報が出典に含まれていますので、英語文献を削減することはできません。
また、2点目についてですが、ここに書かれている虐殺事件の事実そのものは、ICTYで認定され、セルビア共和国はもちろん、民族主義色の強いスルプスカ共和国やセルビア民主党出身の同国大統領チャヴィッチ、独立社会民主同盟出身の現首相ドディクもみとめており、セルビア本国の極右政党・セルビア急進党(前党首のニコリッチだったかな・・?)も「許されざる犯罪行為があった」としています。ボスニアのセルビア人勢力(VRS)によるムスリム人市民の殺害、死者数およそ8000人前後、という、この事件の性質については、よほど極端な論者以外、ほぼ全方面で合意されているといってよいでしょう。セルビア人側からの反論は主に、「この虐殺の前、スレブレニツァを拠点にしてボシュニャク人がセルビア人を大量殺害していた、スレブレニツァはそれに対する報復であった」というように、事件を相対化することに主眼が置かれています。そして、これについては「分析」と「異なった見方」の2節で述べられており、十分な中立性は確保しているものと確信しています。事件の存在やその規模については、遺体の発掘と、所持品やDNA鑑定による個人識別を通じて、明らかにされ、ICTYで認定され、FBiH、スルプスカ共和国、ボスニア、セルビアの各政府によって認識されているものです。
これより、日本語文献の(必要があれば英語文献も)追加に入りますので、それによって反対意見を取り下げていただければ幸甚です。--Peccafly 2008年12月1日 (月) 07:30 (UTC)
  • (コメント)12月以降、情報の更新と、日本語文献(書籍とニュース)を追加しました。しかしながら、虐殺の推移について書かれている日本語の文献はあまり多くなく、英語の文献に頼らざるを得ません。日本語ソースがあるのに使わない、というのならばともかく、日本語ソースで補うことができないものについては英語のソースを使わざるを得ず、またそれによって記事の価値が下がるとは思いませんが、いかがでしょうか。また、中立性についてですが、DNA鑑定によって5600-5800人程度の身元が特定されているということもあり、虐殺の有無やその性質、おおよその規模についてはもはや疑いがないといっても良いでしょう。セルビア極右には否定論者もいますけどね・・・。--Peccafly 2008年12月8日 (月) 16:46 (UTC)
    • (コメント)現時点で唯一の反対票に対するコメント。まずこんな馬鹿馬鹿しい指摘をしたくないのだが、日本語文献の少なさをもって「多くの日本人ウィキペディアンにとっては検証が難しくなっている」とあるが、jawpは日本語版であって日本版ではない。その上で、検証可能性は日本人に対してのみ保証しなければならないものではないし、非ネイティブの日本語読者も読者として当然に想定されてしかるべきなのだから、日本語文献の少なさが問題になるという反対は失当である。“話者が数十人しかいない言語”というならともかく、記事中に挙げられている文献はそうしたものではない。中立性についても、指摘のあった段階でも充分に配慮がなされているし、その旨が主執筆者からも明確に指摘があり、問題があるとは思えない。以上から、Peccaflyさんのリプライに対し応答がないようであれば、Wikipedia:秀逸な記事の選考#投票が無効となる場合と選考期間の延長に従い所定の期間を待った上で、Wikipedia:秀逸な記事の選考/ハンセン病またはWikipedia:秀逸な記事の選考/オグリキャップの場合のように、「執筆者に改善方法が伝わるように、できるだけ具体的な問題点を指摘」していない反対票として排除手続きに移行してよいのではないかと考える。--ikedat76 2008年12月10日 (水) 15:49 (UTC)

(コメント)2008-12-09 04:52:31 (UTC)版に対してコメントします。大部な記事であり、賛否の判断が難しいのですが、さしあたって、主に形式点で気づいた点をいくつか指摘します。よろしければ検討の上で記事の改善に役立ててください。

(1) 引用の仕方 - 「次のように述べた:」に続く直接話法での引用のマークアップの仕方が複数あります。複数あるのは意味があるのか。それとも、単に不統一なだけなのでしょうか。

(2) 不自然な日本語 - 大部な記事だけに細部に目が行き届きにくいのかも知れませんが、いくつか見つけました。「1993年4月: 安保理がスレブレニツァを「安全地帯」に指定」の節の「幾らかの兵士は古い狩猟用のライフルを持つか武器を全く持っていなかった」。文意を忖度すると、おそらく「兵士たちの中には古い狩猟用のライフルを持つものもいたが、ほとんどは何の武器も持っていなかった」ということなのかとおもいますが、今のままでは意味不明です。「事件後の経過: ジェノサイドとしての認定」に裁判の名称を「検察官とクルスティッチ(Prosecutor v. Krstić)」としていますが、「検察官対クルスティッチ」とするのが自然だと思います。この種のものを洗い出してみてください。誤字も若干あります(「紛争に至るまで」節に「ボスニア・ヘルェゴビナ」とあります)ので同様に。

(3) 前後で矛盾(?) - 「1995年7月6日-11日:セルビア人がスレブレニツァを制圧」および「1993年4月: 安保理がスレブレニツァを「安全地帯」に指定」にオランダ陸軍士官のKarremansという人物が登場します。これら2つの節でおそらく同一人物なのでしょうか、表記がカーレマンス/カレマンスと異なります。また、後者の節では階級が「陸軍大佐」となっていますが、間違いないでしょうか。陸軍中佐(Lieutenant Colonel)を略した書き方としてColonelと書いてしまう場合があるようです(確認が難しければあまりこだわらなくてもかまいません。駐留中に昇進した可能性もありますし)。

(4) 冗長な表現 - (4)で指摘した人物ですが、「陸軍大佐カレマンス」というのは冗長に思えますので、「カレマンス大佐」で充分ではないでしょうか。また、「#虐殺#大量殺害」の節。第3レベル(===)の節タイトルとして「1995年」が11回繰り返されていますが、意味があるのでない限りやめたほうがいいと思います。直上の第2レベルの節タイトルを「大量殺害 ― 1995年7月」のようにして、第3レベルでは「7月dd日 - なになに」としたほうがよいのではないでしょうか。

(5) 英語版記事へのリンク - 本当に必要なもののみ精選してください。「1995年7月6日-11日:セルビア人がスレブレニツァを制圧」節冒頭にある[[:en:AIFV|YPR-765]]や「オランダ政府の報告」節にある第2次コック内閣へのリンクは必要だとは思えませんでした。

(6) 「終戦後の経過」 - 最後に内容に関するもの1点。左記の節に挙げられている出来事は、どういう順番なのでしょうか? おそらく単純に時系列なのでしょうが、事件そのものというより事件の反響とでもいうべき出来事(「オランダ政府の報告」「スレブレニツァ虐殺記念・テロリスト・プロット」「アメリカ議会の決議」)が混在しているために、流れがさえぎられているように感じます。事件の解明/事件の反響くらいで分離してみてはだめでしょうか。

以上です。--ikedat76 2008年12月10日 (水) 16:49 (UTC)

  • (コメント)
    • Annogooさん: この事件に関する異なった見方についての文献を調査し、「ジェノサイドとしての認定に関する疑義」という節を追加いたしました。12月以降の一連の加筆をもって、反対票に対する対処として十分であると私は確信していますが、ご意見をお聞かせ願えますでしょうか。
    • ikedat76さん: この長い記事の精査とご指摘に感謝申し上げます。おかげさまでずいぶん改善できたかと存じます。
      1. {{Cquote}}に統一しました。
      2. 確かに、あまりに翻訳調で日本語としての体裁を成していない部分は結構みられました。可能な限りの修正はいたしましたが、今後も文体の推敲は続けていきたいと思います。
      3. 翻訳元を確認したところ、Karremansは一貫して中佐となっていました。カナ表記はカレマンスに統一いたしました。
      4. ご指摘の通りかと思いますので、修正をいたしました。
      5. こちらも不要なものははずしました。翻訳した当時は赤リンクであったものでも、その後の関連項目整備によって「青リンク+英語版へのリンク」というふうに重複しているものが結構ありました。
      6. 反応と解明に分け、反応のなかでもスルプスカ共和国とオランダはそれぞれひとまとめにしました。
--Peccafly 2008年12月12日 (金) 14:56 (UTC)

(反対)文章/翻訳の品質に疑問があるため、賛成票は投じられません。読んでいて違和感がぬぐえず、とにかく可読的ではありません。そこで、日本語版記事と英語版記事とを突合せしてみたところ、生硬な訳文や誤訳(ひどい場合には文意が全く逆のものすら)が見られました。翻訳が日本語の文章として違和感のあるモノになるのは仕方ないところですが、仕方ないと言う水準のものではないようです。なお、細部にごくわずかだけ手を入れましたが、本質的な改善は手に余るため、行っていません。

以上から完成度に著しく問題ありと判断します。秀逸な記事の目安の他の項目に関しては問題はない(なさそう)です。しかし、百科事典記事とは文章を読むものなのですから、文章の品質に問題あり、というのはただ一点であっても致命的な問題です。--ikedat76 2008年12月13日 (土) 20:57 (UTC)

  • (コメント)ikedat76さん:ご指摘と修正ありがとうございました。大変な苦労を要する作業であったかと存じます。「1995年7月6日-11日:セルビア人がスレブレニツァを制圧」の節までチェックをしてみました。以降も少しずつチェックを進めてまいりたいと存じます。--Peccafly 2008年12月14日 (日) 03:26 (UTC)


  • (コメント)
    • ikedat76 さんの「日本語文献の少なさが問題になるという反対は失当である」との指摘に対する反論
      1. ウィキペディア日本語版は日本語話者による閲覧を前提としているのだから、「できるだけ日本語によるソースが欲しい」と思うのは至極当然ではないでしょうか。日本語によるソースでなければ、日本語話者は記事を検証できません(もっとも自動翻訳機を使用することなどによりある程度は検証することが可能であるかもしれないが)。Wikipedia:検証可能性には「ウィキペディア日本語版では、可能な限り日本語による情報源を示すべきであり、常に日本語による情報源を日本語以外の言語による情報源より優先して使用するべきです。これは、情報源の資料が正しく使用されたことを、日本語版の読者が容易に検証できるようにするためです。」と書かれています。
      2. 通常の記事ならば外国語文献が出典のほとんどを占めていても、「出典がないよりはマシ」とされ問題ないかもしれません。しかしこれは秀逸な記事の候補であるのだから、ある程度の日本語ソースが望まれているはずです。外国語ソースはそれを補填する存在でしょう。
      3. 以上が反論になります。また、「日本人ウィキペディアン」との表現は相応しくなく、ikedat76 さんの指摘を受けて該当部分を修正しました。また、「こんな馬鹿馬鹿しい指摘をしたくないのだが」とのikedat76 さんのコメントは、私を侮辱しており厳重に抗議します。このことについてはWikipedia:個人攻撃はしないをご覧ください。
    • Peccaflyさんへ
      1. 私の指摘「1.脚注(出典)のアルファベットの多さ」についての補足は、まずIkedat76さんへの上記の反論をご覧ください。「日本語の出典があまり多くない」との意見は理解できますが、やはり秀逸な記事を目指す以上、さらなる日本語による出典の追加が望まれます。また英語文献の削減は、日本語による同等の情報の出典の追加がされるまで必要ないと思います。
      2. 私の指摘「2.中立性が保たれているかどうか?」についてですが、「ジェノサイドとしての認定に関する疑義」の節が新たに追加されたことで大幅に改善されたと感じます。中立性の問題をもっての選考への反対は取り下げます。--Annogoo 2008年12月14日 (日) 12:22 (UTC)
  • (コメント)Annogooさんの「反論」がありますが、依然として反対票として失当であるという意見を変える必要がみとめられません。「反論」への再反論をWikipedia‐ノート:秀逸な記事の選考/スレブレニツァの虐殺にて。--ikedat76 2008年12月14日 (日) 15:59 (UTC)下線部--ikedat76 2008年12月16日 (火) 14:44 (UTC)
  • (コメント)日本語の出典もぼちぼち追加されてきたようですので、さすがにこれ以上反対し続けるのは酷と思い反対は取り下げコメントのみとさせていただきます。--Annogoo 2008年12月25日 (木) 18:45 (UTC)

(選考終了)選考期間満了のため、この選考は見送られました。--Wushi 2009年1月11日 (日) 00:26 (UTC)

(コメント)ありがとうございました。記事の改良が間に合いませんでした。これからも改良を続けて、再び秀逸選考に提出致したいと思います。お付き合いくださいました皆様に、深く感謝申し上げます。再提出の際にはまたこちらにお知らせをいたします。--Peccafly 2009年1月14日 (水) 15:40 (UTC)
(コメント)Wikipedia:秀逸な記事の選考/スレブレニツァの虐殺 20090405を提出いたしました。ぜひ多くの方からのご意見をいただければと存じます。--Peccafly 2009年4月5日 (日) 01:41 (UTC)

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再度の秀逸選考につき[編集]

下記にて秀逸選考を行っています。多くの方からのご意見をお待ちしております。--Peccafly 2009年4月5日 (日) 01:45 (UTC)

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スレブレニツァの虐殺[編集]

(ノート) 賛成/条件付賛成/保留/反対 3/1/1/0 この項目の選考期間は、2009年7月5日 (月) 1:40(UTC)(2009年7月5日 (月) 10:40(JST))までです。

《推薦理由》前回の選考(Wikipedia:秀逸な記事の選考/スレブレニツァの虐殺)では、大変有用なご意見をいただくことができました。これに沿って改稿を進めて参りましたが、前回の選考期間の間に改稿を終えることができないまま、終了となってしまいました。その後も改稿は続け、秀逸入りに向けた道筋が整ったように思いますので、再度選考にかけ、皆様のご意見をいただきたく存じます。まだ一部に改稿の終わっていない箇所もございますが、できれば虐殺事件の記念日である7月11日までの秀逸入りを目指したいと思います。--Peccafly 2009年4月5日 (日) 01:40 (UTC)

  • (賛成)前回の選考時点の最終稿と今回の新規選考依頼の開始稿の差分を見れば、明らかな通り、検証可能性が十分に担保されていること(私は前回のレヴェルでも十分OKだと思っていますが)、ジェノサイドの過程はもちろんですが、旧ユーゴスラヴィアのみならず、紛争調停の当事国であるオランダ、アメリカ合衆国の国内の政治対応、クリントン大統領のスレブレニツァにおける活動、国連への報告、法的手続きによるジェノサイドの認定といった国際政治学・国際法学の観点から書くべきことは十分に書いてあると認識しています。中東欧現代史における1つのメルクマールとして、今回のFA通過に関して賛成したいと思います。執筆、お疲れ様でした。--Tantal 2009年4月5日 (日) 01:55 (UTC)
  • (賛成)前回の選考にて、文章の質に問題があると判断し反対票を投じましたが、見事に改善されました。非常に大容量の記事ですが、よく整理された構造のなかに一貫した記述がなされており、秀逸の目安の他のポイントも満たされているものと判断できます。執筆と改善、お疲れ様でした。--ikedat76 2009年4月5日 (日) 02:30 (UTC)
  • (条件付賛成) ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の事件を丹念に追われていると思います。この地域に関しては全くの素人ですので、いくつかコメントいたします。
  1. チェック 概要の節:「宗教の異なるボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人の3民族が人口比率の上で拮抗」と書いてあります。拮抗していたからこそ、泥沼の内戦になったのでしょうが、当時の統計などでどのくらいの人口比か分かりますか?
  2. チェック 関連年表の節:太字とそうでないところがありますが、その理由は何でしょうか? またスタイルの問題ですが、出来事に関して「。」の有無が散見されます。これはどちらかに統一してください。
  3. 1995年7月: 虐殺の節~トゥズラへの到着の小節:「軍団の副司令官によると、第28師団は「第2軍団に敵対した」という。実際、第2軍団に対する不信はいまさらのことではなく、第28師団はスレブレニツァにて既に見捨てられたと感じていた」とありますが、(たぶん事実なのでしょうが)軍団の副司令官の手記か何らかの報告書による根拠があっての記載なのでしょうか?
  4. スタイルの問題:「…(がない)<ref>******<ref>」が散見されたり、全角数字を使用しているところが散見されます。これは修正してください。
  5. チェック スタイルの問題:本文中の何箇所かに「<ref>******<ref>。」でなく、「。<ref>******<ref>」になっているところが散見されます。特に{{Cquote2|}}でこの形式が多いようですが、その理由は何でしょうか?
  6. (追加)脚注と参考文献のすみ分けですが、脚注に書籍名やISDNコードまで書く必要性はあるのでしょうか? Peccaflyさんのスタイルがあると思うので、細かくは言いませんが、1の指摘の修正で久保(2003)p.170と書いてある一方、「脚注21『「民族浄化」を裁く―旧ユーゴ戦犯法廷の現場から』 岩波書店、日本、東京、2005年10月20日。ISBN 978-4004309734。」、「脚注22『久保慶一 『引き裂かれた国家―旧ユーゴ地域の民主化と民族問題』 有信堂高文社、日本、東京、2003年10月10日。ISBN 978-4842055510。」、脚注28『千田善 『なぜ戦争は終わらないか ユーゴ問題で民族・紛争・国際政治を考える』 みすず書房、日本、2002年11月21日。ISBN 4-622-07014-6。』、脚注29『日本国際連合学会 『人道的介入と国連』 国際書院、日本、2001年3月31日。ISBN 978-4877911065。』としっかり書いてあります。個人的な意見ですが、脚注は執筆者(発行年)引用ページ数くらいで、参考文献に書籍の詳細をしっかり書けばいいと思うのですが…。加えて、参考文献の書籍には久保(2003)が記載されていないので書いてください。
いずれにせよ、細かい点ばかりですが、修正が入り次第、条件付賛成から賛成に転じます。--Wushi 2009年4月5日 (日) 07:56 (UTC)--(1、2、5)について確認済み、6追加Wushi 2009年4月5日 (日) 09:17 (UTC)
(コメント)1につき、加筆いたしました。2につき、ボスニア紛争全体に関する主要な動きに対して、特にこの事件に深く関わる部分を太字にしていますが、再考の余地はあるかと思います。3につき、ソースを探す努力はしますが、私の理解できる言語(日本語、英語)で出典が見つかるかはすこし自信がありません。4につき、全角数字はカッコの誤入力でした。前半の脚注に関するご指摘は5とは異なるご指摘でしょうか。5につき、脚注タグの前に句点を置いているのは基本的にCquote文のみになっているかと思いますが、この発言全体がどこからの引用であるかを明示するつもりでこのような形式にしております。ご指摘をいただきまして、ありがとうございます。--Peccafly 2009年4月5日 (日) 08:34 (UTC)
コメント 早速の対応ありがとうございます。2、5について理由が分かりましたので、チェック をつけます。1も人口構成比が分かりましたので同様です。
4の前半について舌足らずでしたので、一例を挙げますと、ジェノサイドとしての認定に関する疑義の小節:「「ジェノサイド」には相当しないとする見方もある[173]」のところの文末に「。」が無いということです。3に関しては今後の課題となりますが、これがないとからと言って記事の質を大きく落とすという訳ではないので、4の前半と6が終わり次第、賛成に転じます。もう一回、文章見直してください。(細かくてすみません)--Wushi 2009年4月5日 (日) 09:17 (UTC)
賛成 上でWushiさんが指摘されている点はありますが、期間中には直ると思うので、賛成とします。査読も受けているので、質の良い記事と思うので、文句は少ないです。--蚯蚓 2009年4月13日 (月) 04:54 (UTC)
  • (保留): できれば賛成したいと思い、微力ながら校正作業を試みていますが、現状では賛成できないという考えに到り、こちらで保留意見をつけさせていただきます。最大の問題点は、記事の中心部分が英語版の翻訳に依っており、そのため(1) 英語版そのものに起因する問題があること、(2) 看過できない程度の訳の誤りが存在していることです。(1)について、英語版の記述の少なからぬ部分がICTYの判決などをそのままコピーして張り合わせている状態に思われます(例えばen:Srebrenica massacreの The massacre の節から適当なフレーズを取り上げて http://www.un.org/icty/krstic/TrialC1/judgement/ で検索をかけてみてください)。それぞれのもとの文章の著作権状態がはっきりしないので断言はできませんが(例えばICTYの判決はパブリックドメインでいいのでしょうか?)、現在の本文の状態では引用の要件を満たしていない部分が多数あると思います。切り張りでない部分については、出典があるべき内容にもかかわらず出典が判然としない部分が複数あります。ここをクリアしないと、政治的に微妙な内容だけに、ウィキペディアが誤った情報、偏った情報の発信源となってしまう可能性があります。(2) については修正が可能ですし、私もお手伝いしたいと思いますが、私の読解が常に正しいわけではありませんし、現状のまま秀逸な記事に認定することにはためらいがあります。この他、全体的に話が前後する点があり、また「概要」の節の大きな背景説明などは切り離すべきではないかなど、構成にも直すべき点があると思いますが、これについては秀逸な記事とするのに反対するほど大きな問題点ではないと思います。ただ、すでに指摘されていますが書誌情報の書き方には問題がありすぎます。参考文献と関連文献の違いもわかりません。脚注に引いている文献がどちらにもあがっていなかったり関連文献の方に上がっていたりしますが、これはどういうことでしょうか。これも主に上記 (1) に起因するものですが、英語版の脚注の書誌情報は書き加えた人がそれぞれ好きな形で書いており、形式がばらばらです。このような作業は膨大な手間と注意力を必要とするものであり、大変だと思いますが、せめて、同じ文献はそうとわかるようにすることをお願いしたいです。Aotake 2009年4月15日 (水) 15:12 (UTC)

(選考終了)選考期間満了のため、今回は見送りとなりました。--totti 2009年7月8日 (水) 21:09 (UTC)


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外部リンク修正[編集]

編集者の皆さんこんにちは、

スレブレニツァの虐殺」上の41個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年9月13日 (水) 21:20 (UTC)