ノート:アメリカン・ニューシネマ

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「要出典」について。確か「書く前に読もう超明解文学史 W大学文芸科創作教室」三田誠広著(朝日ソノラマ)に載っていたはず。 もしかしたら、第一作の「天気の良い日は小説を書こう W大学文芸科創作教室」だったかも知れません。--竜造寺和英 2006年12月20日 (水) 12:11 (UTC)[返信]



  • ヌーヴェルヴァーグの項でも竜造寺和英さんに反論しているのですが、アメリカン・ニューシネマを「発端は、フランスで始まったヌーヴェルヴァーグ」と言い切り、ここでもまたヌーヴェルヴァーグの項に同じく「しかし、サルトルの実存主義に影響を受けたヌーヴェルヴァーグは、「夢物語を描く」ことではなく、「人間の本質と現実社会を描くこと」に重点が置かれていた」と定義づけるのは牽強付会に過ぎるのではないでしょうか。上記の通り、出典を明記されてはいますが逆に言うなら必ずしも映画に関して説明したものではない書籍を論拠とした一面的な見方に過ぎると思います。
  • 例えば手元にある『ハリウッド100年史』(北野圭介著・平凡社新書・2001年)のニューシネマの部分を見ても、サルトルや実存主義に関する言及はありません。また、『映画映像史』(出口丈人著・小学館刊・2004年)には「ヌーヴェルヴァーグの余波」という項がありニューシネマについても触れられていますが、「従来のハリウッド映画のヒーローを裏返しにしたアンチヒーロー、ハッピーエンドの否定、ロケ中心の撮影、ロック音楽の使用などそれまでのハリウッド映画の常識を破る試みが次々に行われた」と、竜造寺和英さんが改訂する前のWikipediaにおける内容とほぼ同様の記述が成されているだけで、実存主義云々には触れられていません。
  • ヌーヴェルヴァーグの項でも触れたように、ありとあらゆるところに実存主義の影響を見出す発想自体は別に悪ではありませんし、実存主義を読み解くという狙いにおいてはそれもまたありだとは思います。でも、それは三田誠広氏の主張であり辞書的な定義とは言えないはずです。
  • ここや、ヌーヴェルヴァーグの項で竜造寺和英さんに反論しているのも、この点なのです。私は少なからぬ映画史もしくは映画に関する著作を読んでいますが、三田誠広氏のような主張は全くとは言わないまでも殆ど眼にすることがなく、それは、上記やヌーヴェルヴァーグの項で証明したとおりです。それでも、三田誠広氏の主張が一般論として正しい、辞書的な定義として掲載するにふさわしいというのなら、私が上げた例が一般論ではないという証明をしていただく必要があります。もっとも、他にもまたまだ例証する事例には事欠きませんので、余り意味があることとは思えませんが。それよりも、三田誠広氏の主張もしくは上掲の「論証」が一般論として多くに認められたものであるということを、単に著名だからだとか大学の講義録なんだから間違うはずがないというような脆弱な感想ではなく、論理的な説明をしていただけたらと思います。--parole 2006年12月30日 (土) 09:40 (UTC)[返信]



  • ヌーヴェルヴァーグのノートの論争に基づき、本項におけるヌーヴェルヴァーグや実存主義との関係性の記述をrevertしました。
  • ヌーヴェルヴァーグの項においては「脚本の視点から、「サルトルの実存主義の影響を受け、『人間の本質と現実社会を描くこと』に主眼を置く」ととらえる説もある。」と言う付帯説明として、竜造寺和英さんの変更記述が残っていますが、アメリカン・ニューシネマはこのような影響関係にあると竜造寺和英さんが主張するヌーヴェルヴァーグが発端であることが前提条件となっているため、サルトルや実存主義とヌーヴェルヴァーグとの直接的な関係性や、ヌーヴェルヴァーグこそがアメリカン・ニューシネマの発端であるとする説を論理的かつ客観的に説明できない限り、記述を残す必要性を感じなかったからです。
  • また、竜造寺和英さんが三田誠広氏の著作を論拠とするとしている件も、ヌーヴェルヴァーグのノートにおいて「脚本という観点のみにおける影響」と書かれていますので、これは映画に関する項目の説明としては不適切だと思います。もし、この記述が必要と思われるなら小項目を設け別途説明をするべきでしょう。
  • もしrevertを訂正する場合は、ヌーヴェルヴァーグの項を含め納得いく説明をお願いします。--parole 2006年12月30日 (土) 17:14 (UTC)[返信]

  • 私のrevertに関する反論がヌーヴェルヴァーグのノートに記載されていますが、議論が錯綜しますのでこちらで返答させていただきます。
  • 私は「アメリカン・ニューシネマを脚本の観点から述べてはいけない」等という主張は全くしていません。逆に言うなら、脚本という観点からのみ捉えた一つの意見をあたかも総意、既定事実であるかのように書かれていることに反論しているのであり、これを立証するために一般的な映画史の書籍からの抜粋を上げました。
  • 「私の記述以外の部分が大量に削除されております。ここでの議論内容上、変更される部分は、私の記述部分のみになるはずです。私の記述以外の部分を削除されるのならば、その部分の記述者と議論してください。 」とありますが、私は 2006年12月4日 (月) 05:13の時点にrevertしたのであり、比和昇さんの「要出典」以外は竜造寺和英さんの記述しか削除(revert)されていません。よくご確認下さい。
  • 再び記事をrevertしますが、これを解除する際には「アメリカン・ニューシネマを脚本の観点から【のみ】定義づける」必然性と妥当性に関する説明をお願いします。--parole 2006年12月31日 (日) 07:34 (UTC)[返信]



  • 私は「アメリカン・ニューシネマの記述を変更していい」などとは、一言も云ってません。勝手に文章を削除するのは、荒らし行為ですよ。議論は「ノート:ヌーヴェルヴァーグ」で行ってください。

脚本の視点から、アメリカン・ニューシネマを表記したら何故いけないのですか。これは定義づけではありません。「アメリカン・ニューシネマが実存主義の影響を受けている」と云う、アメリカン・ニューシネマの特徴を表記しているに過ぎません。



  • それでは、何故一括してrevertしたのか具体的にその理由をご説明します。
  • 「発端は、フランスで始まったヌーベルヴァーグ」
    • この因果関係を具体的に説明できなければ「特異な一意見」に過ぎません。何故、特異なのかは既にご説明したとおり、多くの映画史的な書物においてはこのような明確な因果性は指摘されていないからです。
  • 「サルトルの実存主義に影響を受けたヌーベルヴァーグは、「夢物語を描く」ことではなく、「人間の本質を描くこと」に重点が置かれていた」
    • ヌーヴェルヴァーグの項とも重複しますが、「そのような作品もあった」「影響を受けた人物や作家もあった」と言う言い方ならともかく、須くそうであった、もしくは本質的にそうであったという記述は一つの見解に過ぎません。ジャック・ドゥミはまさしく「夢物語」を描くことに徹していましたし、トリュフォーも恋愛物語を語ることに終始していました。もちろんこれらからも「実存主義の影響」とやらを謎解き風に「解明」することも不可能ではないと思いますが、それは実存主義に関する論述において成されるべきことであり、ヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマと言った映画に関する項目の辞書的な定義からは大きく逸脱しています。
  • 「この潮流がアメリカ映画にも流れ込み、このコンセプトで作られた映画が、アメリカン・ニューシネマである。」
    • これを辞書の定義文として掲示するなら、因果関係の説明が必要です。理由は上記と同じく、一般的な映画史においてはこのような観点でアメリカン・ニューシネマを語られることは非常に稀だからです。辞書において稀なケースを定義文として掲載することが不適切であることは言うまでもありません。--parole 2006年12月31日 (日) 08:05 (UTC)[返信]

  • それは貴方の誤解です。私はまだ同意していません。ヌーヴェルヴァーグの議論においては、まだ結論が出ていません。
  • Paroleさんのご提示された「フランス映画史の誘惑」(中条省平著・集英社新書)のP.166をご覧下さい。ここに「文学の世界ではすでに、サルトルがモーリアックの心理小説を例にとって、小説家が登場人物の心理と行動をまるであやつり人形か玩具のように操作する態度を分析し、こうした小説家の神様のような全能性を根本的に批判して、フランス心理主義文学の伝統に致命的な一撃をあびせていました。トリュフォーは、それとほぼ同じことを映画の世界でおこない、フランス映画の「良質の伝統」であると思われていた心理的レアリスムの傾向の息の根をほとんどとめてしまったのです」とあります。実存主義がヌーヴェルヴァーグに影響を与えたことが、きちんと明記されていますよ。私は検証可能性に基づいた、信頼できる出典を明示しました。Paroleさんも、上記主張の根拠となる出典の明示をお願い致します。ずばり、「実存主義とヌーヴェルヴァーグは無関係である」ことが書かれた出典をお願いします。--竜造寺和英 2006年12月31日 (日) 08:43 (UTC)[返信]
    • 上記の竜造寺和英さんの「反論」に関し私はヌーヴェルヴァーグのノートにおいて反論を行っていますが、こちらにも反映しておかないと誤解を生む可能性がありますので、該当部分をヌーヴェルヴァーグのノートから転記しておきます。なお、この議論は下記の私の反論で終わってはいますが、このことは竜造寺和英さんが私の反論に同意したことを必ずしも意味する訳ではなく、単にこのやり取りはここで終わっているに過ぎないことを付言しておきます。
      • 竜造寺和英さんが引用された文章をよく読んでください。中条氏はサルトルが小説批評で行ったとの同じことを、トリュフォーが映画批評によって行ったと論じているに過ぎませんよね。両者を並べて論じたのは中条氏の見解(論評)であり、その論評にしても、トリュフォーらヌーヴェルヴァーグの面々が「「人間の本質と現実社会を描くこと」に主眼を置く」と言い得るほど「サルトルの実存主義の影響を受け」たという結論までは導き出せないはずです。

  • ヌーヴェルヴァーグのノートにおける議論で判明したのですが、竜造寺和英さんが本項目で加筆した『書く前に読もう超明解文学史 W大学文芸科創作教室』もしくは『天気の良い日は小説を書こう W大学文芸科創作教室』を論拠とする、ヌーヴェルヴァーグに対する実存主義の影響も、これを原点としたアメリカン・ニューシネマに対する影響も事実に基づいてはいませんでした。両書および更にもう一冊ある『W大学文芸科創作教室』の三冊を確認したところ、いずれもアメリカン・ニューシネマやヌーヴェルヴァーグに対する論述や言及はおろか、この名称さえ出ておりませんでした。よって、竜造寺和英さんの主張に基づくヌーヴェルヴァーグや実存主義との関係や影響に関する記述は取り除き、それ以前の論述に近いものに書き戻した方がよろしいと思うのですが、いかがでしょうか? ただし、この議論の過程から派生した、項目の内容をより豊にし得るような部分は文章を構成した上でこのすべきと思います。--parole 2007年1月10日 (水) 17:36 (UTC)[返信]