ニュルンベルガー・ラント郡
| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | ミッテルフランケン行政管区 |
| 郡庁所在地: | ラウフ・アン・デア・ペグニッツ |
| 緯度経度: | 北緯49度29分24秒 東経11度22分12秒 / 北緯49.49000度 東経11.37000度座標: 北緯49度29分24秒 東経11度22分12秒 / 北緯49.49000度 東経11.37000度 |
| 面積: | 799.52 km2 |
| 人口: |
168,813人(2024年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 211 人/km2 |
| ナンバープレート: | LAU, ESB, HEB, N, PEG |
| 自治体コード: |
09 5 74 |
| 郡の構成: | 27 市町村 |
| 行政庁舎の住所: | Waldluststraße 1 91207 Lauf a.d.Pegnitz |
| ウェブサイト: | www.nuernberger-land.de |
| 郡長: | Armin Kroder (アルミン・クローダー) |
| 州内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
ニュルンベルガー・ラント郡(ドイツ語: Landkreis Nürnberger Land)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州ミッテルフランケン行政管区に属す郡である。本郡はニュルンベルク大都市圏およびニュルンベルク開発計画地域に含まれる。
地理
[編集]位置
[編集]本郡の郡域は、シュヴァーベン=フランケン層状段丘地帯、なかでもフレンキシェ・アルプの麓に属す。郡域の大部分が森で覆われている。最も大きな川はペグニッツ川である。この川は北から流れ下り、ノイハウス・アン・デア・ペグニッツから郡内に入り、南に向かって流れる。ポンメルスブルンの西側で流れを西向きに変え、ヘルスブルック、ラウフ・アン・デア・ペグニッツを通って、西のニュルンベルクとの市境からこの郡を離れる。
隣接する郡
[編集]本郡は、北西から時計回りに、エアランゲン=ヘーヒシュタット郡、フォルヒハイム郡、バイロイト郡、アンベルク=ズルツバッハ郡、ノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツ郡、ロート郡および郡独立市ニュルンベルクと境を接している。
郡内にはニュルンベルクの飛び地(ブルン、ネッツシュタル、ビルントン)がある。また、連絡道路(フィッシュバッハー・ハウプト通り、郡道N5号線)でつながったニュルンベルクの半飛び地がある。
歴史
[編集]ラントゲリヒト
[編集]1800年以前、郡域は主に帝国都市ニュルンベルクに属し、1803年ないしは1806年にバイエルン王国領となった。1803年にラントゲリヒト・シュナイタハ(地方司法・行政区分)が設けられ、1809年にラウフ・アン・デア・ペグニッツがその首邑となった。1808年にラントゲリヒト・ニュルンベルク、ラントゲリヒト・アルトドルフ、ラントゲリヒト・ヘルスブルックがそれぞれ設けられた。これらはいずれもペグニッツクライスに属し、1810年からレツァトクライスに属した。レツァトクライスは1838年にミッテルフランケンと改名された。ニュルンベルク市は、早くも1809年には固有の都市権を有する郡独立市となっていた。
ベツィルクスアムト
[編集]1852年、ラントゲリヒト・ニュルンベルクとラントゲリヒト・アルトドルフはベツィルクスアムト・ニュルンベルクに、ラントゲリヒト・ラウフとラントゲリヒト・ヘルスブルックはベツィルクスアムト・ヘルスブルックにそれぞれ統合された。ベツィルクスアムト・ニュルンベルクは、その後様々な過程を経て多くの町村がニュルンベルク市に合併していった。1898年にベツィルクスアムト・ヘルスブルックから3町村が離脱し、ベツィルクスアムト・ノイマルクトから2町村がこのベツィルクスアムトに編入した。1908年にはラウフ・アン・デア・ペグニッツ地域がベツィルクスアムト・ヘルスブルックから分離され、独自のベツィルクスアムトが設けられた。
郡
[編集]1939年1月1日、ドイツ全土で「ラントクライス」(郡)の名称を使うこととなった[2]。このため、各ベツィルクスアムトは、それぞれヘルスブルック郡、ラウフ・アン・デア・ペグニッツ郡、ニュルンベルク郡となった。
ニュルンベルガー・ラント郡
[編集]バイエルン州の地域再編に伴い、1972年7月1日に以下の自治体からラウフ・アン・デア・ペグニッツ郡が創設された。
- エアランゲン郡に編入されたベーアバッハ、ベンツェンドルフ、エッケンハイト、ヘルパースドルフを除く旧ラウフ・アン・デア・ペグニッツ郡の全市町村。エアランゲン郡は1973年5月1日にエアランゲン=ヘーヒシュタット郡と改名された。
- 廃止されたヘルスブルック郡の全市町村。
- 郡独立市ニュルンベルクに編入されたブルンおよびフィッシュバッハ・バイ・ニュルンベルクとフュルト郡に編入されたシュタイン・バイ・ニュルンベルクを除く、廃止されたニュルンベルク郡の全市町村。
- 廃止されたエッシェンバッハ・イン・デア・オーバープファルツ郡からノイハウス・アン・デア・ペグニッツ、クロッテンゼーおよびローテンブルック。
- フォルヒハイム郡からグローセンゼーとヴィルデンフェルスおよび市町村に属さない地域ヴィルデンフェルザー・ヴァルト。
- 廃止されたペグニッツ郡からヘーフェン。
この新しい郡は、1973年5月1日にニュルンベルガー・ラント郡と改名された。
1976年7月1日にエアランゲン=ヘーヒシュタット郡からベーアバッハがニュルンベルガー・ラント郡に移管された。
住民
[編集]人口推移
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1998年から2008年までの間にニュルンベルガー・ラント郡の人口は約16,000人、約11 % 増加した。2004年から減少傾向にあったが、2020年には171,000人と新たに最高値となった。
宗教統計
[編集]総人口に占めるプロテスタントとカトリックの信者の割合は減少している。Zensus 2022 によれば、福音主義は 39.6 %、カトリックは 22.4 %、そして 38.0 % が無宗教かその他の宗教団体に属している[3]。
行政
[編集]郡議会
[編集]郡議会は70議席からなる。
| 政党および選挙団体 | 2020年 | 2014年 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| 得票率 (%) | 議席数 | 得票率 (%) | 議席数 | ||
| CSU | キリスト教社会同盟 バイエルン | 31.0 | 22 | 34.2 | 24 |
| FW | Freie Wähler Bayern | 22.1 | 15 | 21.3 | 15 |
| Grüne | 同盟90/緑の党 バイエルン | 19.5 | 14 | 13.5 | 9 |
| SPD | SPD バイエルン | 13.6 | 10 | 23.1 | 16 |
| AfD | AfD バイエルン | 5.2 | 4 | - | - |
| FDP | FDP バイエルン | 2.5 | 2 | 2.4 | 2 |
| Linke | バイエルン左翼党 | 2.0 | 1 | - | - |
| BL | Bunte Liste Bürgerdemokratie | 1.9 | 1 | 3.3 | 2 |
| ÖDP | エコロジー民主党 | 1.9 | 1 | - | - |
| REP | 共和党 | 0.3 | - | 2.2 | 2 |
| 合計 | 100.0 | 70 | 100.0 | 70 | |
| 投票率 | 63.9 % | 60.6 % | |||
郡長
[編集]2008年5月1日からアルミン・クローダー (Freie Wähler) がニュルンベルガー・ラント郡の郡長を務めている。
過去の郡長
- 1972年 - 1984年: ヘルムート・ランゲ (CSU)
- 1984年 - 1995年: クラウス・ハルトマン (CSU)
- 1996年 - 2008年: ヘルムート・ライヒ (Freie Wähler)
- 2008年以降: アルミン・クローダー (Freie Wähler)
紋章
[編集]図柄: 基部は青地に銀の水車の下半分が描かれている。主部は左右二分割。向かって左は金地で、赤い爪と嘴を持つ黒い鷲の半身が中央の分割線から現れる。向かって右は赤と銀の斜め帯が5回入れ替わる[6]。
解説: 本郡の紋章の主部はニュルンベルク市の小紋章に由来する。これは、かつての自由帝国都市ニュルンベルクの支配領域が現在のニュルンベルガー・ラント郡の大きな部分を占めていることを示している。
青と銀の基部はペグニッツ川とその支流を象徴している。これらの川沿いには水車を中心とする集落が形成され、工業化以前の中世からすでに水力が産業に利用されていた事を表している。
姉妹地域
[編集]本郡は以下の郡および県と姉妹関係にある[7]。
経済と社会資本
[編集]ニュルンベルガー・ラント郡は、ニュルンベルク大都市圏に位置している。ニュルンベルク=フュルト=エアランゲン人口集中地域に含まれる郡西部は製造業や工業が主となっているが、東へ行くにつれて田園風の性格が強くなる。本郡は27市町村からなり、人口は約17万人である。
ニュルンベルガー・ラント郡の経済は比較的バランスのとれた構造であり、数多くの(一部は世界的に活動する)企業が本社を置いている。この言わば「隠れたチャンピオン」は数多くの器具や機械を世界中に輸出している。これらの企業は、たとえば工業用セラミック、自動車部品工業、機械・器具製造、合成樹脂産業、日用品産業などの分野で製品を製造している。この他に郡内では手工業、サービス業、商業、農林業も重要な役割を担っている。
Zukunftatlas 2025(未来地図2025)では、ドイツの400の郡、自治体連合、郡独立市の中で本郡は、将来性について150位に位置づけられ、「軽度のチャンス」と評価された[8]。
交通
[編集]道路
[編集]本郡は、アウトバーン3号線、6号線、9号線、73号線経由でアウトバーン網に接続しており、連邦道8号線と14号線が郡域を東西に横切っている。ニュルンベルク大都市圏内に5つあるアウトバーンクロイツ(十字型に交差するジャンクション)のうち3つが本郡内にある。ニュルンベルク北部にある空港まで自動車で数分で到着することができる。ニュルンベルク港についても同様である。

鉄道
[編集]特に重要なのは、本郡の多くの部分とニュルンベルクやノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツ郡とを緊密に結ぶS-バーン路線である。さらに様々なレギオナルエクスプレスやレギオナルバーン路線が1時間ごとに郡内や隣接するアンベルク=ズルツバッハ郡およびバイロイト郡の各地の間を結んでいる。全国的な広域交通へのアクセスはニュルンベルク中央駅を経由する。
1859年からペグニッツタール下流域(ペグニッツ川下流域の谷)にはアンベルクを通る鉄道ニュルンベルク - イレンローエ線があり、レーゲンスブルク行きやフルト・イム・ヴァルト経由チェコ行きの列車が運行している。谷の右岸側では、1877年にニュルンベルクからシュナーベルヴァイト経由でバイロイト方面、およびマルクトレドヴィッツ経由でヘプへ向かうペグニッツタール上流域を通る路線ニュルンベルク - ヘプ線が設けられた。これ以後、ラウフ市とヘルスブルック市にはペグニッツ左岸と右岸の2つの駅が存在している。この2つの主要路線はヘルスブルック(右岸駅)とポンメルスブルンとの間で合流する。
ペグニッツ川左岸側の路線は、2010年にニュルンベルクSバーンのためにハルトマンスホーフ(ポンメルスブルン町内の駅)まで電化された。2025年12月以降はS1号線がこの路線を運行している。ハルトマンスホーフからは、ノイキルヒェン・バイ・ズルツバッハ=ローゼンベルクおよびヴァイデン・イン・デア・オーバープファルツを経由してノイシュタット・アン・デア・ヴァルトナープへ向かう RE41 に接続する。S2号ニュルンベルク中央駅 - フォイヒト - アルトドルフ線には、郡内にフォイヒト駅、フォイヒト=モースバッハ駅、ヴィンケルハイト駅、ルダースハイム駅、アルトドルフ西駅、アルトドルフ駅がある。2010年12月のノイマルクト/オーバープファルツ行きSバーンの運行開始以後、ニュルンベルク中央駅からノイマルクト経由でレーゲンスブルクへ向かうレギオナルエクスプレスの列車はこれら郡内のどの駅にも停車しなくなった。その替わりにフォイヒト駅、フォイヒト東駅、オーヒェンブルック駅、ミムベルク駅、ブルクタン駅、オーバーフェルリーデン駅からS3号線が利用できるようになった。右岸側の路線はノインキルヒェン・アム・ザントでジンメルスドルフ=ヒュッテンバッハへ向かう路線が分岐する。この路線はシュナイタハ川の谷沿いに、同名の市場町シュナイタハを経由してフランケンアルプに至る。ニュルンベルクからラウフ(右岸駅)を経由してジンメルスドルフ=ヒュッテンバッハ行きのRB 31号線が運行している。
ヘルスブルック駅(右岸駅)では、アンベルクとシュヴァンドルフを経由してレーゲンスブルクに至る RE 40号線に乗り換えることができる。ノイハウスの北に位置するラナでアウアーバッハ・イン・デア・オーバープファルツへの支線が分岐していた。この路線が廃止された後、ラナ駅はもう使われていない。
バイエルン邦有鉄道は、1871年に開通したノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツを経由するレーゲンスブルク - ニュルンベルク線からフォイヒトで2本の支線を分岐させた。アルトドルフへの路線は、1878年から運行している。一方、ヴェンデルシュタインへの路線は1886年から1960年まで営業し、その後撤去された。ローカル線のブルクタン - アラースベルク線は1902年から1973年まで運行していた。
2026年2月現在運行している路線は以下の通りである。
| 路線名 | 路線番号 | 行程 | 建設年 | 電化 | 貨物運行 |
|---|---|---|---|---|---|
| シュナイタハタール鉄道 | 5925 | ノインキルヒェン・アム・ザント - シュナイタハ - ジンメルスドルフ=ヒュッテンバッハ | 1895年 | × | × |
| ニュルンベルク - ヘプ線 | 5903 | (ニュルンベルク) - ベーリンガースドルフ - ラウト(右岸側)- ヘルスブルック(右岸側) - ノイハウス・アン・デア・ペグニッツ - (ヘプ) | 1877年 | × | ○ |
| ヘルスブルック - ポンメルスブルン線 | 5926 | ヘルスブルック(右岸側) - ポンメルスブルン | 1877年 | × | ○ |
| ニュルンベルク - イレンローエ線 | 5904 | (ニュルンベルク) - シュヴァイク - ラウフ(左岸側) - ヘルスブルック(左岸側) - ハルトマンスホール - (シュヴァンドルフ) | 1859年 | ○ | ○ |
| レーゲンスブルク - ニュルンベルク線 | 5850 | (ニュルンベルク) - フォイヒト - オーバーフェルリーデン - (ノイマルクト - レーゲンスブルク) | 1871年 | ○ | ○ |
| ニュルンベルク - フォイヒト線 | 5970 | (ニュルンベルク) - フォイヒト(Sバーン) | 1992年 | ○ | × |
| フォイヒト - アルトドルフ線 | 5933 | フォイヒト - アルトドルフ | 1878年 | ○ | × |
以下の 28.2 km の区間は廃止された。
| 区間 | 建設年 | 距離 | 旅客運行停止 | 貨物運行停止 | 解体年 |
|---|---|---|---|---|---|
| ラナ - アウアーバッハ | 1903年 | 8.1 km | 1970年 | 1982年 | 1984年 |
| フォイヒト - ヴェンデルシュタイン | 1886年 | 5.3 km | 1955年 | 1960年 | 1960年 |
| ブルクタン - アラースベルク | 1902年 | 14.8 km | 1973年 | 1960年 | 1975年 |
現在の郡内の鉄道の総延長は 122 km である。
ゲマルクング
[編集]郡内には124のゲマルクング(登記上の土地区分)があり、このうち16件は複数の市町村にまたがっている。
文化と見どころ
[編集]
文化財
[編集]郡内には数多くの石の十字架があり、その大部分が建造文化財に指定されている。

保護区
[編集]ニュルンベルガー・ラント郡内には、8つの自然保護区、6つの景観保護区、30の保護景観記念物、177の自然記念物、13のFFH-地区、50の登録ジオトープがある(2016年11月現在)。
自然保護区:
- フレヒテン=キーフェルンヴェルダー・ジュートリヒ・ラインブルク(直訳: ラインブルク南部の地衣類とアカマツの森)
- シュヴァルツァハ=ドゥルヒブルーフ(直訳: シュヴァルツァハ峡谷)
- シュヴァルツェンブルッカー・モーア(直訳: シュヴァルツェンブルックの湿地)
- オーベレス・モルスベルガー・タール(直訳: モルスベルクの谷の上部)
- リンタール・バイ・アルフェルト(直訳: アルフェルト近郊のリンタール)
- ショッテンタール・バイ・ハルトマンスベルク(直訳: ハルトマンスベルク近郊のショッテンタール)
- フォイヒトゲビート・ウント・ザントマーガーラーゼン・バイ・シュパイケルン(直訳: シュパイケルン近郊の湿地と砂地)
- ペグニッツァウ・ツヴィッシェン・ラナ・ウント・ミヒェルフェルト(直訳: ラナとミヒェルフェルトとの間のペグニッツ河畔)
重要なのは、ニュルンベルガー・ライヒスヴァルトの自然湿地林で、その一部がニュルンベルガー・ラント郡にかかっている。ここはミッテルフランケン最大の森林保護区である。
ナンバープレート
[編集]1974年8月19日、1956年7月1日からラウフ・アン・デア・ペグニッツ郡に適用されていたナンバープレート識別番号「LAU」が本郡に割り当てられた。これは現在まで継続して使用されている。2013年7月10日からは、ESB(オーバープファルツのエッシェンバッハ)、HEB(ヘルスブルック)、N(旧ニュルンベルク郡のニュルンベルク)、PEG(ペグニッツ)も識別番号として使用可能となった。
市町村
[編集]ニュルンベルガー・ラント郡は27市町村からなる。このうち市が7つ、市場町が3つである。かっこ内の数値は2024年12月31日現在の人口である[1]。
関連図書
[編集]- Eckhardt Pfeiffer, ed (1993). Nürnberger Land (3 ed.). Hersbruck: Karl Pfeiffer’s Buchdruckerei und Verlag. ISBN 978-3-9800386-5-2
- Wolfgang Wüllner (1970). Das Landgebiet der Reichsstadt Nürnberg. Feucht
脚注
[編集]出典
[編集]- 1 2 Einwohnerzahlen – Stand: 31. Dezember 2024 / Gemeinden, Kreise und Regierungsbezirke in Bayern – Basis: Zensus 2022
- ↑ Wilhelm Volkert, ed (1983). Handbuch der bayerischen Ämter, Gemeinden und Gerichte 1799–1980. München: C. H. Beck. p. 97. ISBN 978-3-406-09669-3
- ↑ “Ergebnisse des Zensus”. 2026年2月9日閲覧。
- ↑ “Kommunalwahl Endgültiges Ergebnis am 15.03.2020 / 574 Nürnberger Land, Landkreis”. 2026年2月10日閲覧。
- ↑ “Bayern / Ergebnisse der 71 Landkreise und 25 kreisfreien Städte (Wahltag: 16. 03. 2014)”. 2026年2月10日閲覧。
- ↑ “Bayerns Gemeinden / Landkreis Nürnberger Land”. 2026年2月10日閲覧。
- ↑ “Partnerschaftliche Beziehungen in ganz Europa”. Landkreis Nürnberger Land. 2026年2月10日閲覧。
- ↑ “Prognos Zukunftsatlas”. 2026年2月10日閲覧。
外部リンク
[編集]- “ニュルンベルガー・ラント郡のウェブサイト” (ドイツ語). 2026年2月11日閲覧。
- ニュルンベルガー・ラント郡の著作およびニュルンベルガー・ラント郡を主題とする文献 - ドイツ国立図書館の蔵書目録(ドイツ語)より。
- “Statistik kommunal 2024 / Landkreis Nürnberger Land” (PDF). Bayerisches Landesamt für Statistik. 2026年2月11日閲覧。

