タチカラ

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タチカラホールディングス株式会社
TACHIKARA HOLDINGS LIMITED
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
111-0036
東京都台東区松が谷2-7-2
設立 平成25年5月23日
業種 製造業
事業内容 1915年に東京で創業した日本発のスポーツボールの老舗TACHIKARAブランドを、クリエイティブの成長がめざましい現代のスポーツシーンに即して再構築すべく当社を設立 スポーツを愛してやまない全てのプレイヤーにとって「パートナーと呼べるマイボール」のある世界、ライフスタイルの構築を目指す
代表者 代表取締役社長 髙橋 渉
資本金 1,000 万円
外部リンク http://tachikara.jp/
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TACHIKARA(タチカラ)は、1915年に東京で創業した日本発のスポーツボールブランドです。今なお継承されるスポーツボールの礎となる製法を編み出し、これまでにオリンピック公式試合球をはじめ各種目の世界協会公認球を数々生み出してきました。

2015年には創業100周年を迎えたTACHIKARAは、クリエイティブの成長がめざましい現在のスポーツシーンにフィットし、世界中のトッププレイヤーから愛好家たちまでを熱狂させるオリジナルなプロダクトを次々と提案していきます。

スポーツを愛してやまない全てのプレイヤーにとって「パートナーと呼べるマイボール」のある世界、ライフスタイルの構築をTACHIKARAは目指します。

称号のいわれ

称号の “TACHIKARA”(タチカラ) は、日本神話に登場する腕力・筋力を象徴する神である天手力雄神(アメノタヂカラオ)に由来します。剛勇、正義のパワーマンの象徴である天手力雄神は「天の手の力の強い男神」の意であり、アメノタヂカラオこそ我が社の象徴であります。

沿革[編集]

1915年(大正4年)優良スポーツ用品の生産と販売を目的として、のちに「球技ボールのパイオニア」と呼ばれるようになる飯室豊三郎によってTACHIKARAの前身である飯室運動具製作所が創業。日本スポーツ用品メーカーの先駆けとして戦前より日本橋や本郷、上野池之端といった東京の下町を拠点に事業を展開。また関西、中国、韓国に支店を構え、各種競技の公認球として国内はもとよりアジア全域に広く分布。

1934年(昭和9年)新社名となるTACHIKARAが命名される。

1950年(昭和25年)豊三郎の実弟であり「球技ボールの革命児」として全世界の球技ボール工場から尊敬の念を受ける飯室至によって今日に至る縫目なしの皮張りボール「シムレスボール」が発明され大きな業界革新を生み出した。

1964年(昭和39年)東京オリンピック大会の公式試合球としてのTACHIKARAが認定される。

1968年(昭和43年)メキシコオリンピック大会の公式試合球としてのTACHIKARAが認定される。

1976年(昭和51年)モントリオールオリンピック大会の公式試合球としてのTACHIKARAが認定される。

1980年(昭和55年)モスクワオリンピック大会の公式試合球としてのTACHIKARAが認定される。

1985年(昭和60年)NBAのオフィシャルライセンスを取得。

1987年(昭和62年)SPALDINGの球技ボールの製造・販売元として、当時では異例である年間に 100万個以上のボールを売り上げる。

2013年(平成25年)21世紀となり球技スポーツを取り巻く環境は日進月歩である中、時代に即し世界中のスポーツ愛好家たちの今のニーズに応えるべく、新しい球技ボールの在り方を再構築する新生TACHIKARAとして「タチカラホールディングス株式会社」を設立。さまざまな業界で影響を与えるブランドやデザイナー、またリーグやイベントとのコラボレーションラインとなる「TACHIKARA CUSTOM」を始動。

2014年(平成26年)球技業界史上で初めて、世界中で愛好されている協会公認球と同等の品質の天然皮革素材の全てのパネルに自由なグラフィックをデザインすることのできるTACHIKARA独自の製法の開発に成功(製法特許申請中)。

外部リンク[編集]